斉藤一紗




=斉藤一紗side=


花が好きだった。
だから、何の迷いもなく、花屋の店員になった。
水仕事が多くて、手のひらなんてボロボロになるし、冬場なんて悲惨だけど、俺はそれでも幸せだった。
好きな花に囲まれていることが、幸せだった。

俺のことを気にいって通いつめてくれる常連さんもできたりして。

大学に行くよりも、アルバイトをしている方が、楽しかった。
勉強を置き去りにした。
授業についていくのが大変になった。
大学に行くのが面倒に感じてきた。
花屋にいるとそう。
ずっと此処に居たいと思う。
ずっと此処で好きなものに囲まれていたいと思う。
何もかも、花以外の全てが無意味に思える日だってあった。
俺の人生は花ばかりだった。

なのに、俺は今、花を見ると泣き出したい気持ちになる。

いつも通り、お店に出て、顔見知りと会って、話して、告白されて、キスされそうになった。
驚いた。怖かった。信じられなかった。

俺は反射的に避けて、しまう。
すると彼は寂しそうな顔をして「ごめん」と言った。

そして二度とお店に来ることはなくなった。
初めての常連さんだった。
友達になれるんじゃないかって、俺は思っていたのに。




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