3.ベッセラ【番外編2】



依月を生徒会長にしてあげる同盟を組んだ俺たち二人は、夏休み、誰もいない校舎の中を歩いていた。依月が、学園についてもっと知りたいと言ったからだ。理事長の息子でもある俺は、とりあえずその辺の一般生徒よりは学園について詳しいから、依月は誘ってくれたのかもしれない。少し、自分の立ち位置に、感謝してしまう。

「優平。俺さ、優平のこと気に入っているから、言いたいことあるんだけどいいかな?」

渡り廊下にさしかかった頃に、くるっと俺の前で廻ると、依月は真剣な顔をした。あまりにも真剣な顔だったから、俺は動揺する。

「聞く、言って!」

「……いやさ、優平。お前は、一人が好きなのか? 誰も自分の周りに引き寄せたくないのか?」

「え?」

「俺、人間観察するのが病的に好きなんだよ。だから、優平のことも最近観察してた。で、思った。一人でいるのが好きなのかなって。でも、さ、俺が呼んだらすぐに来てくれる。クラスメイトの誘いだって、断らない。よく、わからなくなってさ、優平の本当が聞きたいと思った」

「俺の本当?」

「そう、本当はどっちなの? 一人が好き? 誰かと仲良くなりたいと思っているの? お前の答えによって、俺は俺なりに考えないといけないことがあるから」

「俺、か…。俺は、できることなら、特別な友達がほしいな。お互い隠し事はなしで、ずっと一緒で、とかそんな感じ? うわ、言葉にしたら恥ずかしい」

「……だったら、俺から、忠告する。特別が欲しいなら、誰にでも優しくするな。優平。誰にでも優しいということは、どんな時も、誰に対しても等しく愛を注ぎ、決して、特別なものを、作らないということだ。少しでも、仲良くなれそうな人や、特別になりたい人に出会ったら、その人の味方になれ。完全になれ! じゃないとつかめないよ。綺麗ごとだけで、誰かと深くかかわるなんて無理だから」

切なさそうな顔をして、依月は微笑んだ。いつも、人を馬鹿にしたような笑い方や、意地悪を企んでいる時の顔ばかり見てきた俺には、それがとても印象的だった。

「と、いうわけだ。俺、優平と一緒に少しだけどいられて楽しかった。さようなら、しようか?」

「え、なんで?」

「お前な。俺と一カ月くらい、過ごして思うことないか?」

「思うこと?」

俺は考える。が、しかし、依月の、生き生きとした奇行や、独特の世界観しか、出てこない。

「……俺に遠慮なんてしなくていい。俺はお前に遠慮したことなんてなかったし。ていうか、俺は誰に対しても遠慮なんてしないしな」

「依月、俺は、遠慮なんてしていない」

「そうか、なら、いいや。じゃあな」

右手を振りながら、俺の前から去ろうとする依月。俺は慌てて依月の手を掴む。

「どうして、さようなら、なの?」

「は?」

「俺にわかるように説明してよ、依月」

「あー…、あのな、お前は特別仲良しになれる友達が欲しいんだろ。だったら、俺とは縁を切った方がいい。俺はさ、敵ばっかだ。うん。嫌われるの好きだから、いいんだけどね。優平みたいに話せる奴いなくなるのは寂しいかもしれないが、俺はお前の人生を壊すつもりはない。以上」

「何が、以上なんだよ。勝手に終わらせないでくれ」

俺は勢い余って、依月の手を引っ張り、そのまま抱きしめた。
どうして抱きしめたのかなんてわからない。抱きしめないと、依月が逃げてしまいそうだったから、だろうか?

「俺は、依月と一緒にいたい!」

「お前、頭は大丈夫か?」

「…大丈夫だと思う」

「ちょ、おま、放せ!」

乱暴に俺の腕の中から逃げ出そうとする依月を俺は力一杯、抱きしめる。まだ、話は終わっていない。君は俺の腕から、解放されたら、何処に行くのだろう。

「ざけんな、ふざけんな! 俺は男に触られるのが大嫌いなんだ!!」

怒鳴りながら、微かに震えている依月に、俺は驚いた。依月が、怯えている? いや、気のせい? だけど、だけど、やっぱり俺にはそうとしか考えられなくて……。

「ごめん、逃げないって約束して。そうしたら、放すから」

「逃げないから、マジでさっさと放せ、馬鹿!」

「ごめん…」

そっと手を放して距離を作ると、依月の瞳が潤んでいることがわかった。俺はとても申し訳ない気持ちになった。

「依月、ごめんね…大丈夫?」

「大丈夫に決まっているだろ。す、少し、驚いただけだし…。ていうか、どうして俺と一緒にいたいわけ? 俺さ、優平を特別にするつもりないよ。俺は、人間を見ているのが好きだし、泣き顔が見たくなると、誰にだってちょっかいだして、嫌われるような感じだし」

「それでもいい。から」

「は?」

「俺は、それでも、依月と一緒にいたい」

「変な奴だな、お前も」

呆れたように、でも、嬉しそうに、照れたように、依月は言い放つ。
それが、可愛くて、しかたなかった。

「依月、俺ね。君にだけ、優しくなるね」

「え?」

「特別にしたい人を見つけたら、その人を特別扱いしたらいいんだよね?」

「お、お前、馬鹿か? 俺は、お前を特別にするつもりなんてないって言った。特別な友達なら、よそでつくれ!」

「嫌だ」

「…………」

「俺は、依月がいいんだよ?」

「俺の何処がいいんだよ、言ってみろよ。一つも思いつかないと思うがな」

「依月のいいところ? 嘘を、吐かないところ。誰かに嫌がらせをしてもちゃんとアフターケアーしているところ。自分勝手にしているように見えて、ちゃんと相手の都合とか考慮しているところ。あと、俺のことを思って、いろいろと言ってくるところ、俺のこと理事長の息子じゃなくて、たんに俺として扱ってくれるところ…それから…」

「もう、いい」

わかった、しかたない。と依月はバツの悪そうな顔をして「生徒会役員になろうな」と笑ってくれた。依月の満面の笑みを見たのは、もしかしなくても、この時が初めてだったかもしれない。



*****


年末の最後の授業を片づけると、生徒会室に直行する。生徒会長の椅子に偉そうに座って、眠り込む、依月が可愛いくて、見とれる。めちゃくちゃなくせに、何処か優しい君に、俺はいつから惚れているんだろう。依月にしたら、この想いが迷惑らしいが、悪い、なかったことにできないほどに、俺は、依月が好きだ。ねぇ、依月、君が眠っている間なら、好きだよって言っても許される?




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