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机の上にノートと参考書と辞書それから百科事典を広げて西野さんはひたすら鉛筆を動かしていた。その光景は、俺には発売日にゲームを完全クリアしようと頑張っている人の姿にさえ見えた。
「あ、悪いな、東。俺も締め切りが近いから、原稿してもいいかな?」
「はい…大丈夫ですよ?」
俺は竜北さんの言葉に頷いた。この部署に仕事らしい仕事がないってことはここにいて数日で知っている。でも何かをしていたい俺は企画書を書いたり、掃除をしたり、雑用をしたりしていたのだけど…
「あの…俺も、同人誌を読んだりしていてもいいですか?」
「え、もちろんだよ、何か参考意見あったら僕に投げてね!」西野さんは即答した。
「もし、東の趣味に合わなかったら…ごめんね」竜北さんはそわそわと言った。
俺はわかりましたと返事を返すと、選り好みをするのもどうかと思うので一番上に乗っている同人誌から順に読んでいった。
驚くことに竜北さんのチョイスは俺のストライクゾーンを取りまくった。
「わ…」
最後の一冊で思わず、泣けてきた。これはBLなのに、どうしてこんなにも切なくて愛しくて可愛いのだろう。ペンネームは「ヨウ」と二文字だけ書かれている。誰なんだろう。でもこんなに素晴らしい作品を書く人だし、有名だろうなって俺は思いこみ、携帯で検索をかけた。ひっかからなかった。
「…あ、東、お前読むの速いなぁ」
全部読み終わっている俺を見ると竜北さんはニコニコと嬉しそうにこっちを向いた。俺は「気になることがあるんですけど…」と勇気を出して聞いてみることにした。
「あのこの「ヨウ」さんって他にも何か出してます?」
「え、東、気になる? よかった?」
「はいっ」
俺は遠慮なく頷いた。素敵な作品に出会えると嬉しくてたまらないんだ。
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