変わること変わらないこと
「若返りの薬なんていらないよね!」と、俺はざっくりと笹倉先生に伝えたら、彼は馬鹿じゃないかと言って笑った。
今は、もうスパイとかそんなものやめて、ここで俺と一緒に働いている人。
かつて、世界を変えたいと言った人。
俺は先生の気持ちもわかるけど、平穏を望むよ。
「ま、俺も今じゃ、若返りとかいいかな…」
白衣のポケットに手を入れて、笹倉先生はバツの悪そうにつぶやく。
「本当に?」
俺は、先生が清志叔父さんの考えに同意してくれたことが嬉しくて、前のめりに訪ねた。すると、笹倉先生は、フラスコを洗い出して、興味なさげにこたえる。
「ああ、俺はどうせはじめから興味はないよ。もともと、頼まれてやっていたことだし」
「え、でもあの時は真剣に」
世界を変えたいと貴方は言った。
「龍一くん、その話はもうやめてくれ」
「なんで?」
「終わったことじゃないか」
「確かにそうだけど、過去も過去として大切なんだよ」
「過去を知ったからって何も変わらないだろ?」
「変わるよ」
「変わらない」
「どうしてそう言い切れるんだ?」
「じゃあ、龍一くんは、先生が自転車に乗れないって聞いたら、何か変わるか」
「のれ、乗れないんですか?」
「ほら、先生の過去とか今知ったね、何か変わった?」
先生は顔を赤くして、自嘲した。
「実は俺も、乗れなかった。高校生まで!」
「え、嘘!」
「練習したんだ、そこの公園で!」
「え、どれくらいで乗れたんだ?」
「結構時間かかった。でも、乗れた!」
「俺も、乗れるようになるかな?」
「なるって俺でも乗れたもん!」
「練習しようかな…」
「したらいいよ、俺も付き合うよ」
「なんだか、やる気が出てきたよ!」
「あ、でもお昼からはさすがにあれだから、夜ね!」
「そうだな、夜だったら、恥ずかしくないよな」
「そうそう、俺も夜に練習したんだ」
「へぇ、意外だな、龍一くんってなんだってできる子だったのに」
「先生だって、何だってできるすごい人だと思ってたのに」
「あ…」
「どうしたの?」
「変わった…のかも」
「何が?」
「ほら、過去の話をして」
「ね、ね、変わるでしょ!」
「た、たまたまだろ」
「でも、全部そういったのも大切だから、捨てないでほしいな」
「…ああ」
「あ、ごめん、しんみりしたね。よし、お仕事しようか、先生」
「もちろんだ、龍一くん」
手袋をしながら先生は笑った。
そして「別に、もう、俺は、龍一くんの先生じゃないから、いいよ、そんな呼び方しなくても」と言う。
「敬語やめたけど、俺にとって先生は先生です」
「えー」
「変わらないこと!」
「えー」
「じゃあ、なんて呼べばいいの?」
「そう言われても…なぁ」
「ほら、もう、だったら先生でいいじゃん」
「まぁいいか」
「うん、じゃあ、笹倉先生、いつから自転車の練習する?」
「いつからにしようかな。そうだな―――――
‐fin‐