日常の泡5
一通り、説明すると、あの時『幸せのコンニャク』に惹かれた理由を、僕は悟った。
すると、店主は意味深に笑う。
「泡はどうしてできるか、知っていますか?あれは液体に気体を含んでできた玉のことをいうんです。詳しくは知らないんですけど、同じことじゃないでしょうか?すべては泡のようです。日常という液体が幸福という気体を包む。大きくても、小さくても、はじけて消えてしまいそうな幸福。ですが、考えてみてください。その泡のなかの幸福という気体は、日常という液体がないと成立しないんですよ」
店主は優しい声でそう言った。
「と、いうことは日常という液体を持っているのがそもそもの幸福?」
僕は確かめるように、質問した。
「そうじゃないですか?だって、続くものがあるから終わりに怯えてしまう。ただ、泡がなくなるだけなのに」
ね、と店主は切なさそうな顔で微笑んだ。
「すべてを失うように感じるのは間違いなんだね」
「そうですよ」
店主は木製の机の上にある量りにコンニャクをのせた。
「この商品もそうですよ。買ってくださったかたには幸せをつけたいんですが、それが消えてしまってもコンニャクはここにあります」
ですから、彼と別れたとしても、あなたはすべてを失いません、なんて店主は真剣に口にした。
聞いているほうがちょっぴり恥ずかしい。
けど…。
「そうかな。そうだったら、いいな」
僕はそっと瞳を閉じた。
そして開いた時には世界がまた色を取り戻していた。
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