10
「そんな、驚くことないじゃん」
「え、だって、猫かぶりだよ、これ嘘だよ。これは僕じゃないよ。え、あれ、どこがどう可愛いって」
意味がわからないと僕は菅野くんに食いついた。
「あはは、一生懸命なところが俺は好きだと思ってる」
「一生懸命?」
「そう、小雪はいつだって一生懸命。本当に一生懸命すぎて、なんかこう力になってやりたいと思う。なんでさ、そんなに空虚感抱えてまで、小雪は偽るのかなって」
「そんなの…」
自分のために決まっているじゃないかと僕は言おうとしたら、菅野くんがその言葉を封じた。
「俺と小雪は似ているって前、小雪は言ったよな。だったら、思うんだ。小雪は自分のために始めた偽りだったとしても、もう、それが必要ないものとなっても、今度はその偽りを信じている人たちを、今までの嘘だよと言って困らせてしまうのが嫌で、今も偽り続けているんじゃないかなって」
「何それ、菅野くんが猫かぶりやめないの、そんな理由?」
「ああ、恥ずかしい話だ。俺さ、中佐都に振り向いてほしいって気持ちで始めたのに、それが叶っても俺はやめられずにいるだろ。俺は嫌いじゃなかったんだ。偽りも、その偽りを愛してくれた人も、自分では驚くくらいに大切で、簡単に切り離せなくて。でもそれってとっても幸せなんだ」
すがすがしい顔をして菅野くんは僕に手を差し出した。
「何?」
「一緒に帰ろうよ」
「しかたないな…もう」
僕は夕日の中で菅野くんの手を取ると立ちあがった。
「ところで、それさ、菅野くんの事情、一樹は知っているわけ?」
「ああ、知っているさ」
「馬鹿らしい…悩んで損した」
[*前] | [次#]
目次に戻る→