「忘れものを取りに来たんだ」

ぽつりと倉木はそう言った。


その手には傘がある。

倉木の華奢な体にはちょっと大きい傘だった。

「先生は、今、帰り?」

倉木は決して俺の顔を見る事なく言葉を紡ぐ。
もとから、俺たちは顔を見つめあうようなことはなかったけど、
今、倉木が俺の顔を見ないのは、保健室の一件があるからだろうなって思った。

俺は、わずかに震えている倉木を見下ろすと、ごめんと言おうとした。

だけど、俺がその言葉を口にしようとしたら、倉木は、俺の腕をこずいた。


「…聞きたくない」
そう言って、

やっと俺の顔を見上げてくれた。


だけど、
俺は、その言葉が気に食わなかった。


何もなかったことにしようとした倉木が許せなかった。


確かに、何事もなかったように、また前みたいな関係に戻れるのはいいことだけど、
俺は、心のどこかでそれを望んではいなかったみたいだ。






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