6
「忘れものを取りに来たんだ」
ぽつりと倉木はそう言った。
その手には傘がある。
倉木の華奢な体にはちょっと大きい傘だった。
「先生は、今、帰り?」
倉木は決して俺の顔を見る事なく言葉を紡ぐ。
もとから、俺たちは顔を見つめあうようなことはなかったけど、
今、倉木が俺の顔を見ないのは、保健室の一件があるからだろうなって思った。
俺は、わずかに震えている倉木を見下ろすと、ごめんと言おうとした。
だけど、俺がその言葉を口にしようとしたら、倉木は、俺の腕をこずいた。
「…聞きたくない」
そう言って、
やっと俺の顔を見上げてくれた。
だけど、
俺は、その言葉が気に食わなかった。
何もなかったことにしようとした倉木が許せなかった。
確かに、何事もなかったように、また前みたいな関係に戻れるのはいいことだけど、
俺は、心のどこかでそれを望んではいなかったみたいだ。
[*前] | [次#]
目次に戻る→