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「ま、そういうことだって、あれ、お前、名前聞いたっけ俺?」
ミコトさんは忘れてたと言って、俺をじっと見つめた。
俺は「土屋」と答えた。
そしたらミコトさんは「下は?」と聞いた。
俺は「香月」と答えた。
すると、ミコトさんは満足気に「香月か、よろしく」と笑った。
「あ、はい、でも、俺、何の役にも立たないみたいで」
俺は差し出されたミコトさんの右手を見つめたまま、そう言った。
とても、その手を取ることなんてできない。
俺は何もできない。
「…あ!」
ごめんなさい。
涙は勝手に流れてきて、なんか、すっごく辛くて、俺は何も言えないけど、差し出された手を取らないことで、誤解させれていないかなって、心配になって、だから、俺は、決して、ミコトさんが嫌いってわけじゃないんだよ、と、精一杯声にしようとする。が、
たぶん、伝わらなかっただろうな。
自分でも自分の声が聞こえなかったから。
どうしようもないな。
どうしたら、いいのかな、俺。
杉田に会いたい。
杉田だったら、なんて言ってくれるだろうか。
杉田だったら…
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