10
俺たちは、フェンスの向こうにある夕日を眺めていた。
隣同士。
あのころのように。
「で、どうしたんだ?」
「何が?」
転校してきたことについて、俺は遠まわしに聞くと小雪は首を傾げた。
「ここに来た理由。何かあったんじゃないのか?
「ああ、何もないよ」
「何も?」
「うん、何もないから来たのかも」
「そうか…」
「うん」
まただ。
本当に、小雪は変わっていない。
そして、俺も変わっていない。
小雪、強がっている。
きっとまた家で何かあったんだろう。
ただ誰も触れられない君の傷。
「ヤダな、一樹。大丈夫だよ。ほら、生きているよ」
ね、と小雪は笑った。
痛々しい。
何もしてやれない自分も。
我慢することしか知らない小雪も。
落ち込んでいるのに明るく振る舞う蓮見も。
痛々しい。
人生なんてこんなものかと思った。
悠々と過ぎて行く日々に、異変も発展も存在しない。
ただ俺の視線の中に、小雪がいるようになっただけで。
何も変わらない。
小雪も変わらない。
俺たちは近くて遠い親友。
だから、俺は君の痛みを知っていても、もう触れることはしない。
都合がいいとしても、君の隣にいたかった。
あの日と変わらずに。
俺たちは何度もくり返す。
傷を増やしながら、生きていくことしか、知らない。
「心配、かけたのかな。ありがとう、ごめんね…」
「いいって、気にするなって、また、よろしくな」
俺は弱気な小雪に笑った。
「……うん」
小雪も笑った。
なのに涙は君の瞳から落ちて消えた。
本当は、俺、君の力になりたかったのに。
「約束だ」
知らないふりをする。
小雪もそれを望んでいる。
「うん」
その愛おしい笑顔をずっと見ていたい。
守りたい。
だけど、できなくて…
「あ、俺、蓮見に呼び出しくらってた。行ってくるから、じゃ、また、また明日」
「うん、また明日ね」
嬉しいのか、悲しいのかわからない。
君がまた明日って言ってくれて、
期待してしまいそうで。
また、会えるんだって。
ね、急に転校したりしないよな。
また、あの時みたいに。
置いて行かないよな…
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