ものの1分




「翼―」

下から母の声がした。
俺は晩御飯なら食べたよーと返事をする。
しかし、母はそうじゃないと言った。
俺はお風呂にならさっき入ったよーと答える。

「だから、そうじゃなくて、お客さん!」

「え?」

こんな時間に誰だろうと俺は首を傾げた。
母は、そんな俺ににこやかに笑うと「愛しの彼だよ」と言う。

「市原っ」

俺は慌てて玄関に向かった。
どうしたんだろう。
こんな時間に。

何かあったのか?
上手く仲直りできなかったのか?

俺は余計な後押しをしてしまったのか?

半泣きになりながら、俺は階段を下りる。
この時ばかりは自分の家の広さに、心臓が壊れそうだった。


「市原、今、行くから」

多分、玄関に母は通しているだろう、市原に俺は叫んでそう伝えた。
すると「ゆっくり」と市原の声がした。

心がじわんとした。


やばい。

嬉しい。


なんなんだ、この感情は!




「市原っ」

玄関に立つ市原の姿が見えると、
俺はそのまま抱きついた。

「天野くん?」

どうしたの、と市原は言った。

「なんでもない」

ただ、抱きしめたかっただけ、と俺は笑った。

そうなの、と市原は照れた顔をして、俯いた。


可愛い…
可愛すぎる。

俺は、市原の頬に右手を添えると、そのまま、俺の方を向かせた。


「翼―、せっかくなんだから、座ってお話したらいいじゃないの」

「…っ!」

母の声で俺は慌てて市原から手を話した。

ものの一分、そのまま俺は固まっていたと、のちに母から聞かされた。






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