懐いてます。慕ってます。
「悪い。悪い。神崎。ちと、トイレからでれなくて」
俺は神崎のもとへ駆け込むと、勢いよく、遅れた理由を言った。
嘘ではない。
「あ、ま、いいって。ほら行くぞ」
「うんっ」
こどもっぽい返事をしてしまったが、俺は気にしない。
神崎は俺が上司という立場にたつまえからの友人だから、知っているんだ。
俺が本当は、あんな渋い性格でもないことを。だから、いいんだ。
背伸びしなくていい。
神崎の前だけでは等身大の自分でいられる。
こんなに幸せな時間ってなかなかない。
「それにしても、遅かったなぁ…。小池。俺との友情を忘れたのかと思ったぜ」
店に向かう途中道、神崎はまだ根に持っているらしく、いじけたことを言う。
さっき、もういいって言ったくせに。
「だから、悪かったって。トイレがさ」
「はいはい。わかったから、もういいって」
「お前がいやみ言うからだろ?」
「えー、俺は悪くないもん。ちゃんと待ち合わせ時間にきたよ。うん、きてたよ」
「すみません。それはすみませんでした」
「謝らなくていいって。ただ……」
「?」
神崎はがらにもなく、淋しげな瞳を遠くへ向けていた。
こうすると綺麗な顔してんだよな。
いつも馬鹿ばかりしてるから、忘れがちだけど、神崎は綺麗だ。
「なんでもない…」
「え?」
「だから、なんでもなかったんだ。小池」
神崎は笑った。
だけど、笑ってなかった。
何なんだろ……?
「あ、ついたぞ。小池」
「うわ。すごい」
なんだこの今にも傾いてしまいそうな店は。
……はっきり言っておこう。
俺と神崎はこういったいかにも、明日には閉店してしまいそうな店が好きだった。
物好きであることはお互いわかっている。
ただ何故か好きなんだ。
確か、俺と神崎の出会いも、その偏った趣味が引き寄せたものだった。
入社当時から、こういった店ばかりに通っていた俺は、同じ趣味をもつ神崎と、いつも顔を合わせるようになった。偶然だとは思えないほどに。
そして、気がつくと言葉を交わすようになっていた。
そして、また気がつくと神崎は俺の友人になっていた。
「いらっしゃいませ」
店にはいると神崎は俺の手をひいた。
いつものことだ。
「お二人です!」
嬉しそうに、そういってテーブルまで歩く神崎。俺はまるでこどものような神崎に笑う。
「やっぱ、いいよな」
心から溢れた言葉だった。
なのに神崎ときたら、
「……ま、な」
と曖昧に頷いただけ。
……気にくわないことでも、あったのか?
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