第七節 狩る者と狩られる者U


 今回の二階探索はカードを見つけたばかりということで、バケモノの強化具合も未確認のため、手分けせず行動することになった。まあ、下手に戦力分散させて何かあっても不味いしね、という訳だ。効率は落ちるが安全を優先すれば当然の帰結である。

 階段を上がってすぐ右手側、つまり技術室の真上に位置する視聴覚室が一番最初の探索場所に決まったものの、花ちゃんが鍵を開けて中の様子を窺うと不愉快な哄笑が漏れ聞こえた。その時点で嫌な予感はしていたけれど、身長差の隙間を縫って見えた視聴覚室のスクリーンに映像が映し出されており、……通り魔視点でのわたしを殺した瞬間が流れている。

 既に花ちゃんはがっつり見てしまった訳だし、まあこの子たちだしどうせ平気だろうという気持ちもあるが、自分が題材のスプラッター映像を見せるのは流石に嫌だ。ということで問答無用で扉を閉め、花ちゃんから鍵をひったくって視聴覚室を施錠する。花ちゃんは嫌そうな顔──というか不機嫌そうな顔? だけど無視だ無視、わたしは何も知りません。好き好んで人様に自分が死ぬ瞬間を見せる変態趣味はございません。


「入んないの?」
「またデカいヤツが居たのか?」
「違ぇよ」
「スクリーンでわたしが殺された時の映像が流れてたので此処は駄目でーす。君たちは絶対入らせねぇからな」
「え」
「でも中に何かあるかもしれねーだろ」
「じゃあわたしが一人で探すから、此処で待ってるなり別の場所を見るなりしてて」
「馬鹿かてめぇは。単独行動させねぇっつってんだろ」


 アレを見せたくないわたしVS頭の固い花ちゃん、ファイッ!


「花宮は見たのか?」
「当然だ。元々オレが中を見てたんだからな」
「……なら、花宮と中を探してきたらどう?」
「えっやだ」
「でも探さない訳にも行かないでしょ? かと言って単独行動で透さんがバケモノに襲われても困るし」
「うぐ」


 ぐう正論。反論の余地もない。でもなースプラッターなだけじゃなくてわたしガチ泣きしてるしなー色んな意味で嫌だなー!!


「駄々捏ねてんじゃねぇ。さっさと済ませるぞ」
「………………わかったよ」


 花ちゃんとの睨み合いが続くこと数秒、止むを得ず折れたのはわたしだった。どう考えても分が悪いというか、この子たち正論しか言ってないし花ちゃんの言う通りだし。だったらせめて見られる相手を限定して、最低限に絞るべきか。溜息をついて視聴覚室の鍵を開け、四人には呉々も扉を開けないようにと釘を刺してから花ちゃんと中に入った。

 ……あー、もう、ほんっと趣味悪いな。哄笑と断末魔による二重奏の中、視聴覚室をわたしたちは無言で漁る。机や棚を黙々と確認する作業を続けていると、鼓膜を震わせる音がとにかく頭の中に響いて、次第に苛立ちが募っていく。僅かながら感じる息苦しさ、そして吐き気を催す気持ち悪さに思わず顔を顰めた。

 いやいや、仕方ないけど此処は一度冷静になれ、落ち着けと胸の中で繰り返し、探索に粗が出ないよう心掛ける。丁寧に探さなければ見つかるものも見つからないんだから。何度も唱えながら机の下を覗き込むと、天板の裏に薄っぺらいものが貼り付いている。ハッとして手を伸ばせば思ったより簡単に剥がれ、銀のインクがきらきら光る黒いカードが一枚。


「花ちゃんカードあった、よっ!?」


 これで視聴覚室ともおさらばだやったぜ、なんて思ったのが悪かったのだろうか。立ち上がった瞬間ぐにゃりと視界が歪んで平衡感覚を失ったわたしは、半ば倒れ込むようにしてその場に座り込んだ。持っていたデッキブラシも放り出し、室内にはけたたましい音が鳴り響く。


「透!」
「……あーびっくりした」
「……びっくりした、じゃねぇんだよバァカ!!」
「えっちょっいだだだだだ!!」


 アイエエエナンデ!? 花ちゃんナンデ!? 彼が素直に心配してくれるとは思ってなかったけど、だからってどうしてアイアンクローされてるんですかねぇ!? 地味に痛いってもんじゃない、普通に頭ミシミシ言ってるから! 頭蓋骨が割れる!!


「妙に静かだと思えばてめぇまた黙ってやがったな!!」
「はい!?」
「オレが言ったこともう忘れやがってふざけんなブス!!」
「意味わかんないんですけど!?」
「自覚無しとか尚更タチが悪ィぞコイツ」


 何故か花ちゃんはドン引きしてるけど、こっちからすれば何のこっちゃの一言である。……ていうかいい加減アイアンクローやめてくれませんかねぇ!? 離せこんにゃろう!!


「馬鹿でもわかるようにもう一回言ってやる。せいぜいありがたく思え」
「はあ」
「オレは通り魔相手に動揺せず居られるかって訊いたんだよ。そんでお前はしねぇっつった」
「ソウデスネ」
「わざわざ通り魔相手って限定までしてやったのに、何でてめぇは此処で痩せ我慢しやがる。お前の記憶力は鶏以下か? あ?」
「痩せ我慢ってなんだよボロクソ言いやがってコノヤロウ花ちゃんのばーか!! 痛いっつってんでしょーが!!」
「ぐっ!?」


 いい加減やめーや! の念を込めて花ちゃんを殴ると、鳩尾へヒットしたらしく苦しげに呻く声が降ってきた。普段であれば気遣う声の一つや二つかけたところだが、残念ながら今はアイアンクロー+罵倒というコンボでそんな余裕は皆無である。残念だったな、恨むなら自分の所業を恨め。……ちなみに現在、腹を抱える花ちゃんと頭を抱えるわたしのカオスな光景が広がっている。


「お前マジふざけんな」
「そっくりそのまま、寧ろ丁寧に熨斗つけてお返しするわ」
「つーか本気で自覚無いのかアンタ?」
「強いて言うなら自分が死ぬ瞬間の無限ループに苛ついてる」
「……それだよそれ」
「は?」
「苛ついてんならそう言え。怖ぇと思ってんならそれも言え。無駄に溜め込んでんじゃねぇ」
「えええ、それ言ってることと矛盾してない?」
「してねーよ。あの女の前で露骨に動揺しなけりゃいいっつってんだから」
「……」
「お前、もうちょっと自分がキーパーソンになってるって自覚持てよ。加害者と被害者が揃ってる時点で何かしらあるに決まってんだろーが。なのにアンタが途中でぶっ壊れてみろ、最終的に困るのはオレらだ」
「……そ、か」
「二度も三度も発狂される訳にはいかねーんだよ」
「……うっす」


 確かに、花ちゃんが言うことは最もだ。筋が通っている、と思う。だとすれば、彼の言う通り、なるべく我慢はし過ぎない方がいい……ってことだよね? いざ役に立たなきゃいけない時、使い物にならないなんてことにはならないように。きちんと彼らが帰れるよう、心身共にわたしは何時でも動ける状態を保たねば。


「ごめん」
「謝罪なんざ聞きたくねーんだよ」
「……無限ループ死ね。嫌がらせにも程があるんだよクソうぜぇ」
「勝手に言ってろ」
「花ちゃんてめぇ!」
「カードは何て書いてあったんだ?」
「聞けよ! ……や、もう良いわ。カードね、カード……」


『回らぬ頭のヨカナーン。
 君たちの未来は君たちの手にあらず』


「……へぇ」
「ヨカナーンが花ちゃんたちのことなら、エロドさんの言ってたことと内容被るよね?」
「ああ」


 やっぱりファム・ファタールが通り魔、ヨカナーンが花ちゃんをはじめとする黒バスの面々で確定か。そうなると消去法でクックロビンがわたし、ということになるのだろうか。


「何かさ」
「あ?」
「立て続けにカード見つかってんじゃん? 幸先いいなーと思うけど、良すぎて逆に不穏」
「……ま、これでバケモノ共が更に強化された訳だから当然だろ」
「アッそうだった」


 技術室のアレから二段階強化でしょ? それならぼちぼちデッキブラシじゃキツくなってくる頃かもしれない。でも、探索を続ける以上、バケモノ遭遇なんてどうしたって避けて通れない道。せめてバールのようなものとか、とにかく木製品じゃない片手で振り回せるモノが欲しいな。


「透」
「ん? ──うわっ、え、これわたしのスマホ!」
「ゴミ箱に落ちてた」
「マジかよ捨てたヤツふざけんな。見つけてくれてありがとー花ちゃん」


 ぽいっと投げ渡されたのは、技術室でちらりと話題に出たわたしのスマホだった。着の身着のまま、花ちゃんたちと違って何も持たない状態でこの学校に来たわたしにとって、初めて見つかった唯一の私物である。確認してみれば画面に罅もなく、きちんと電源も入るし、操作性にも問題はなさそうな雰囲気。わーい!


「他には何もなかったし、とりあえず出るぞ」
「ん。……あのさー花ちゃん」
「何だよ?」
「ありがとね」
「……知らねぇ」


 素直にお礼を受け取らないあたりがホント君らしいと思うよ。苦笑しながら近場の椅子を支えに立ち上がり、スマホを上着のポケットに突っ込んだ。カードは花ちゃんに託してデッキブラシを拾い、僅かに震えている膝の支えとして杖代わりに使う。立ちくらみにしては珍しい、とぼんやり考えながら探索漏れがないか確認し、ようやく視聴覚室を出た。


「お待たせしましたー」
「おかえりー」
「すげぇ音したけど何かあったのか?」
「わたしが椅子に足引っ掛けてすっ転んだ」
「マジ?」
「さてどっちでしょう」
「じゃれてないで次行こうよ」
「次は何処に行く?」
「一旦戻る。この馬鹿の顔色見りゃわかるだろ」
「……あー、透サンやっぱ無理してたんだ?」
「無理したつもりはないんだけどね!!」
「無自覚乙」
「良いんじゃないか? 花宮が透さんを無理やり連れ出してきたようなものだし、一度戻って顔を見せておくべきだろう。……誠凛あたりに噛みつかれたら透さんにどうにかしてもらおう」
「自分たちで解決する気のなさよ。ま、いいや。任せといてー」


 気を遣わせて胸が痛──くないと言えば嘘になるけど、そうやって自虐するくらいなら最初から無理してんじゃねぇって話ですよねサーセン。視聴覚室での花ちゃんとの会話もつまりそういうことだし。寧ろ反省する暇があるなら同じこと二度も三度も繰り返さないようにすべきだし、だけどわたしに自覚がないらしいので、となるとクソアマ関係であまり我慢すべきじゃないと考えるべき?


「透、お前それで階段降りれんの?」
「? 降りれるでしょ」
「審議」
「どう見ても無理」
「無理でしょ」
「無理だろ」
「無理だな」
「マジで鶏以下だな」
「クソ眉毛潰す」
「あ? やってみろよ貧乳」


 満場一致で無理ってどういうことなの。いや、確かにデッキブラシついて歩いてるけど、転ばないように念の為って意味が強いし別に普通に歩けるし?? だがしかし悲しいかな満場一致の定め、大人しく階段下まで運搬されることとなりました畜生。

 なお、わたしを運ぶのはジャンケンで負けた花ちゃんに決まった。彼はこの上なく嫌そうな顔をしたが、「だからわたし歩けるってば」の一言に対し再び罵倒を浴びせ、速やかにわたしを背中に担いだ。端的に言えばおんぶというヤツである。うわやべぇ花ちゃんのおんぶとか貴重すぎません? ぶっちゃけ霧崎第一の中じゃ一番タッパがない花ちゃんなので少し心配したが、階段降りる間めちゃくちゃ安定感があって感動したのは秘密。


「そう言えばさ」
「?」
「肉片、蒸発する時に身体についてると火傷するじゃん? なら蒸発する前に剥がしちゃえば接近戦でも行ける?」
「……不確定要素は下手に突かねぇ方がいいだろ。よっぽどの時でもなければ避けろ」
「あ、やっぱり?」


 おいコラ一哉くん、頼むからいきなり心臓に悪いこと言うなよな。こういう時って慎重すぎて悪いことないと思うぜ? 確かにその可能性もあるけど、寧ろ傘とか見つけるまでは蹴りで対処できてたことを考慮するとその可能性は十分だけど、ほんと自ら危険に突っ込んでくような真似はやめてくれ……。


「ねぇ花ちゃん」
「あ?」
「階段降りたしもう降りるけど」
「うるせぇ」
「理不尽」
「そのまま体育館まで運ばれちゃって良いんじゃない?」
「……ちょうどバケモノも出てきたようだし、おぶさっていれば良いだろう」
「つーか技術室のデカいヤツ、あれボスじゃなかったの? 廊下にまで出てきたし」
「うわマジだ。……カード見つけたから、今までのバケモノの強化版ってことなんじゃね?」
「はああ? じゃあ何、これからはわたしもデカブツ相手にしなきゃってこと?」
「まあそうなるよね。頑張って」
「切実にバットが欲しい。デッキブラシ心許なさすぎる」
「とりまいってきー」
「いってらー」


 ゴルフクラブ振りかぶってデカブツ数体に特攻を仕掛ける一哉くんと弘くん。余裕綽々といった様子で殴り、叩きつけ、片っ端から床に沈めていく彼らの頼もしさったらもう、ね。……何というか、うん、バケモノ相手に無双してる二人ほど心強いものはないなーと思いました、まる(小並感)



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