第六節 託宣のトロイメライIV


 無言でついてくる霧崎ボーイズの前を花ちゃんと共に歩き、校舎に入ってすぐ左手の大会議室へ放り込まれた。いや、あの、うん、君たち無言の圧って知ってる? 何も言われない上に表情も花ちゃんのアレしか確認できていないので、なおのこと恐ろしいというか。気持ちとしては死刑宣告を待つ被告人の気分である。もう死んでるけど。

 以前、小会議室で打ち明けた時に近い構図が自然とできた。空気にもぴりっとした緊張感があって、立場としてはまったくの逆なんだけど、本当にあの時の再現って感じ。何これ怖すぎ。ここまで発言がないとマジ余裕なくなるし胃がキリキリする。切り捨てでも死刑宣告でも何でもいいから早く何か言ってくれ……。


「……」
「……」


 ていうか、さ? どう足掻いても絶望展開しか読めないというか考えられなくて泣きそう。散々泣いたものの今は涙腺がクソ緩いし、というか元々涙腺は緩い方だし下手したらマジで泣くんだけど──あああああほらもうじわってるじわってるから! おいコラ働け涙腺、貴様がサボることを許可した覚えはない!! 頼むからもうやめてくれ……彼らにこれ以上のクソ雑魚ポイント露呈したらわたしのライフはゼロよ……。


「もういっそ殺せ……」
「は?」


 思わず口をついた本音で全員から睨まれた。何でさ!?


「や、もう、ホントごめんて……馬鹿みたいに泣き喚いて取り乱すしグロッキーで体育倉庫引きこもるし弘くん引っぱたくしホントもう死って感じじゃん……?」
「卑屈になって自己完結してんじゃねぇぞブス」
「あんな醜態晒せば卑屈にもなるわ。たかだか夢にガキみたいに狼狽えるとか、今まで何の為にイメージ操作してきたと……!」


 良い人、それから頼れそうな大人。それらのイメージがあれば世の中の大抵のことは便利だ。やっかみを買うのも少なくなり、上司や同僚に目をつけられることもない。今回のような状況なら多少の誘導をかけても疑われ辛いし、アイツより信用されれば味方も自然と多くなる。だからそう思われるように、考えて動いてきたつもりだった。

 思惑通りにコトが運んだのだとすれば、行動力を示せば頼りがいが、明るく気さくに振る舞えば親しみが、健気さを演出すれば優しさが多くの子に印象づけられているはず。だからこそ霧崎第一と行動をしていても、誠凛や秀徳の子たちには完全に邪険にされなかったわけだろうし。

 でも、アレのせいで頼れそうな大人という印象はぶち壊しだ。泣き喚いて体育倉庫に閉じこもるような人間の、年下の子どもたちに心配される大人の一体何処が頼れると言うのか。花ちゃんに連れ出される前でさえ由孝くん黄瀬くんの海常コンビをはじめとする八人から心配され気を遣われてしまった。

 ……ああクソ、言えば言うほど、考えれば考えるほどに死にたくなる。もう死んでる、なんてお巫山戯を入れる余裕もないくらいだ。情けない。不甲斐ない。見苦しい。苛立たしい。……こんな風に思う癖に、心配されたことを嬉しいと思ってしまう自分が弱くて許せない。強い自己嫌悪で滲んだ涙の膜を隠すべく、くしゃりと前髪を握り潰した。


「おい透」
「……なに?」
「お前の醜態なんてどうでもいいし、下らねぇ自虐に耳を貸すほどオレらだって暇じゃない。だからこれだけ答えろ。……お前、通り魔相手に動揺せず居られんのか」


 花ちゃんの淡々とした問いかけに視線を上げる。平坦な声音に違わぬ無表情で、既に止まったはずの心臓も縮み上がるような心地がした。通り魔。澤部メイ。正直、今のわたしは騙し騙しでどうにかなっているだけで、アレの存在を臭わされるだけで気が狂いそうだ。あの瞬間に振りかざされた狂気と殺意は、今もなお最大の恐怖であることに相違ない。

 ──でも。だけど、と。尻込みする気持ちを奮い立たせた。だって、このままアイツに怯えたままなんて最高にクソダサい。確かにアイツは怖いけど怖がりっぱなしとか癪だし、つーかわたし殺したのとかどう考えてもムカつくしムカつかない訳ないしふざけんな死ねって感じだし。既に死んだ身のわたしにできる最高の嫌がらせって、どう考えたってアイツの思い通りにさせないことじゃん?

 それに、わたしはこの子たちを帰すって決めた。この子たちだけは帰したいって思った。元凶がアレだって確定した現状、この子たちを帰すことは仕返しとイコールで繋がるはず。となれば、わたしがすべきことは自ずと決まってくる。わたしがどうしなければいけないかもまた、同様に。


「……しないよ。絶対しない。そんなことしたらあのクソアマに舐められるだけだし、死んでもやってやんない」


 これはわたしの意地であり、プライドの問題だ。あのクソアマを叩き潰し、この子たちを必ず帰す。これ以上の無様な姿を晒さず、ええかっこしいらしくマシな姿を見せる。その為ならいくらだって自分にも他人にも嘘ついて騙し抜いてやろうじゃないか。


「嘘じゃねぇな?」
「トーゼン」
「ならいい。……お前ら文句言うなよ、コイツが自分で言ったんだからな」
「?」
「……わかった」
「ま、透サンがそーいうなら仕方ないよねぇ」


 うーん、なんかよくわからないけど、多分お許しが出たってことでオーケー? え、じゃあ弘くんにも口効いてもらえる? シカトされたりしない?? と、とにかく今一度きちんと引っぱたいたことを謝らねば……!


「弘くん」
「な、何だよ?」
「引っぱたいちゃってホントにごめん。大丈夫だった?」
「ああ。何も問題ねーよ。……つーか、別に気にしてねぇし」
「……よ」
「?」
「良かったー!」


 安心し過ぎて泣けてきた。一粒二粒ぽろぽろと涙が零れたが、すぐに拭って無かったことにする。目の前にいた弘くんはぎょっと狼狽したけれど、そんな様子にわたしはケラケラ笑った。


「嬉し涙だから気にしないで!」
「は、はあ?」
「弘くんに口効いてもらえなかったらどーしよって思ってた! でもちゃんと話ができてめちゃくちゃ安心した!」
「……口効かねーとか有り得ないだろ」
「ザキの癖に」
「ア!? ンだよ原、文句があるならハッキリ言え!」
「透さん」
「康くんと健ちゃんもごめん、驚かせた」
「仕方ないことだし、謝らなくていいよ。というかトラウマになってない方がおかしいレベルだから」
「……寧ろ、こちらが気が付かなくて悪かった」
「いやいや、自分でさえ気付かないフリしてたこと気付けた方が凄いって。それこそ康くんが気にすることじゃないよ」


 緩んだ空気で自然と会話が増えていく。本気で見捨てられるかと思ったので、またこうやって話ができて本当に良かった。……っと、しまったしまった。大事な話をしなきゃいけないのに、このままじゃ忘れてしまいそうだ。折角の面子だし、今のうちにサクッと相談してしまおう。


「花ちゃん、ちょいと知恵をお借りしたいんだけど」
「あ?」
「変な夢見た」
「……詳しく話せ」
「体育倉庫で寝てた時、何か知らん男の人が出てきたのよな。サロメ、ヨカナーンときたらエロドにあたるって自称してたし、取り敢えずエロドさんって呼んどく」
「へえ」
「で、そのエロドさんの話だとやっぱりサロメはアイツらしい。生贄寄越せーって言われたクソアマがわたしを殺して、エロドさんから何かを貰ったんだってさ」


 エロドという名前に首を傾げた弘くん一哉くん康くんには、健ちゃんがサロメに首をあげた王様のことだと端的に説明をしてくれた。ありがとう健ちゃん、さりげない補足説明めちゃくちゃ助かります。話の腰も折れないしね。


「それだけじゃねぇんだろ」
「勿論。てかそれだけなら知恵を借りたいとか言う訳ないでしょーが。寧ろ肝心なのは此処から。クソほど意味のわからないこと言われてどうしようって感じ。えーと、最初に言われたのは『サロメ殺さないの? その為にお前連れて来たんだけど?』ってことでさー」
「はあ? 何で? エロドとかいう奴、あの女の味方なんじゃないの?」
「エロドは最終的にサロメ殺してるからな。味方じゃねぇだろ」
「それよりも気になるのは『通り魔を殺させる為に透さんを連れてきた』ってところじゃない?」
「そこに関しては『自分が楽しいから』とかなんとか。……言っといてなんだけど、これはあんまり深く考えなくていいかも。エロドさんマゾ気味の愉快犯っぽいし」
「え?」
「マゾ気味の愉快犯……?」
「ンなことはどうでもいいんだよ。次」
「『停滞を選ぶのもひとつの道』だって。……『お前が何も選ばなければ、何も決めなければ何も変わらない。巻き込まれた奴らは朽ちる未来を待つだけ』って言われた」
「──へえ」
「アッそれ絶対何かわかってる顔でしょ! ポンコツにもわかるように教えて花ちゃん!」
「……ああ、そーいうこと」


 思い出しながら掻い摘んで話すと、何やら物知り顔で笑う花ちゃん。教えを乞えば一哉くんもしたり顔でにんまり笑って、残る三人+わたしは益々頭を悩ませる羽目になった。なんだなんだ君たち何を知ってるんだよわたしたちにも教えて! 仲間外れ良くない!


「オレたちが足手まといクンたちとアイツと探索行った成果、透サンにはまだ教えてなかったじゃん? 古橋たちにもまだちゃんと言ってなかったはずだし、この際ついでに言っちゃうけど」
「あ、うん」
「なーんも進んでない!」
「……うん?」
「……どういうことだ?」
「言葉の通りだよん。元々鍵が開いてる場所とか今までに開けた場所以外は何処にも入れなかったし、カードも一切見つからなかった。その代わりバケモノにも遭わなかったけどね」
「要するに鍵は使えなかったってこと?」
「使えるし鍵も開くが、扉は開かなかった」


 いやいやいや、何それどういうこっちゃなのだよ。バケモノに遭わず、何処にも入れず、何も見つからない? そんなことあんの? まるで進展がないってことじゃん、それ。わたしが出てた時はウザいくらいバケモノが出てきたけど、必ず何かしらのヒントカードが見つかっていたのに? アイツだと何もない? ……そんなことあんの?(二度目)

 というか、鍵が使えるのに扉が開かないってそれも意味がわからない。作為的なものを感じるというか、何かしらの干渉がされてるって考えるのが自然だけど、だとしたらそれって何? 誰のせい? あ、もしかしてもしかしなくともエロドさんか。もしくはクソアマ。それなら納得できる、ような?

 ……いや待て、何か引っかかったような気がする。でも、何かって何? どの部分がわたしの中で引っかかったんだろ。ちょっと思考戻してみるか。そしたらわかるかもしれないし。エロドさんの話をして、一哉くんから探索の結果を聞いて、まったく進展がないことが変だと思って──


「あっ」
「成程ね」
「そういうことか」
「おい待てオレだけかわかってねぇの!?」
「ザキが安定すぎて草。マジ雑魚すぎ」
「まあザキだしな」
「仕方ないよね」
「殴る」
「はいはい、わたしが説明するからストップ。……エロドさんが言ってたのは多分、わたしが居なくちゃ探索が進まないってことなんじゃないかなーって。そういうことでしょ、花ちゃん?」
「ああ。……さっきオレたちだけで校舎に来た時はバケモノが出てきたが、鍵のかかってた教室には引き続き入れなかったしな」


 探索に出たのがアイツの時は何も進まなくて、わたしの時は重要そうなカードが見つかった。その事実とエロドさんの発言を繋げれば、自然とひとつの答えに辿り着いた。花ちゃんが頷いてるし、一哉くんたちも何も言わないから、多分彼らの考えも同じ答えで合っているのだろう。

 わたしが何も選ばなければっていうのは、恐らくわたしが体育館に留まっていることを指しているはず。というか、成果のあった探索となかった探索で違う点と言えばそれくらいのものだし。多分、これからもわたしが探索に出ない限りヒントになるモノは出てこないし、何処にも……少なくとも今まで探していない場所には行けない。エロドさんが言ってたのはそういうことだと思う。


「アイツがサロメだって言うならバケモノが出てこなかったのも当然だな。この学校はあの女のテリトリーなんだから、自分に害をなすバケモノが出てこないように操作すんのも容易いだろ」
「そーいうことか」
「……あ。そうだ、もう一個いい?」
「?」
「アイツがエロドさんに望んだものって、何だと思う? この環境か、君たちか。どちらだろうって思ってさ」
「オレたち?」
「うん。多分、というかほぼ確実にアイツは君たちを知ってる。黄瀬くんからそれっぽい話聞けたし、わたしが死ぬ時に『皆を囲う』とか何とか言ってたし」
「……通り魔ってただの中坊でしょ? 誰かの後輩って訳でもないみたいだし、運動部っぽくもないし、なのに何でオレたちに拘るの?」
「あー、まあ、何となく心当たりはある。でもすまん、今は許して。機会があればきっと教えるから」


 苦笑いでお茶を濁せばそれ以上の追求はないし、彼らも深く気にする素振りがないのでありがたい。……やっぱりこういうところが霧崎ボーイズのいいところだよなぁと思う。良くも悪くもサッパリしていて、ズカズカと相手の領域に踏み入ってこない。集団ではあるのだけど、集団であることを強制されないというか、個人個人がなんとなーく一緒に居る感じ? うん、やっぱ此処が一番気楽だ。


「もうお前が言ってるじゃねぇか」
「ん?」
「『オレたちを囲うこと』。それならオレらも環境も揃うだろ」
「……ああ! 成程、花ちゃん流石!」


 花ちゃんの頭脳ってすげー! 確かにそれなら、ひとつの望みでまるっと解決できる。目から鱗の気分だ。


「でも、アイツの望みなんて知ってどうするの? そんなのどうでも良くない?」
「何言ってんのさ。被害者は被害者らしく加害者の望みを丁寧にぶち壊して踏み躙って、無様に泣き喚くところを嘲笑ってやらなきゃ。……そうでしょ?」


 不思議そうな彼らへ向け、ニィッと唇を歪めわたしは笑う。虚を突かれたかの如く一瞬惚けるも、五人はそれぞれほの暗い笑みを浮かべた。愉しげに。嘲るように。──しかして何処か、優しげに。


「そうと決まれば技術室行こーぜ。良いだろ、花宮?」
「ああ」
「んじゃ、おっ先ー!」
「え、ちょ、一哉くん!?」


 ぐいっとやや強めにわたしの腕を引いて大会議室を飛び出し、一哉くんが走る。後方で弘くんや花ちゃんがぎゃあぎゃあ騒いでいるが、目の前の彼はどうやら全てシカトするつもりらしい。……やっぱ一哉くん神経図太いわ。

 ぼんやり考えているうちに、あっという間に技術室前まで辿り着いた。ピタリと足を止めた一哉くんに対し、勢いを殺しきれなかったわたしはそのまま扉に突っ込みかける。「おっと!」この上なく肝が冷えたが、ギリギリのところで気付いた一哉くんがぐっとわたしを引き寄せ、扉とのキスを回避させてくれた。


「ぶっ!」


 ただしその代わり、思いっきり一哉くんの腕の中に突っ込んだが。……めちゃくちゃ鼻が痛い。


「あのさー透サン」
「……どったの一哉くん」
「アイツら揃いも揃って素直じゃねーし口下手だから、代表ってことでオレが言うんだけど」
「うん?」
「オレらはみーんな良い子ちゃんじゃないからさ、自分が一番大事なワケ。その次に、まあ、つるんでて楽だし何だかんだ楽しいからお互いのことが入るかなーって感じ。その他大勢はぶっちゃけどうだっていい。どうせ他人だし」
「うん」
「……でも、さ。オレらにとって、透サンはどーでもよくないよ」
「──」
「透サンに何かあれば多少は動揺するし、変に誤魔化されたり隠しごとされるとすげぇムカつく。オレらに言わねーのに他のヤツらに話したり、勝手に泣いてるのはもっとムカつく」
「……うん」
「そこんとこ、ちゃんとわかっててね」


 頬を包みこむ彼の手にピクリと震え、コツリとぶつかる額と距離感の近さに内心狼狽えた。近いからこそ長い前髪の隙間から垣間見えた瞳に思わず見惚れながら、訥々と話す一哉くんに黙って耳を傾け──歯切れ悪く、しかしながらハッキリと告げられたどうでもよくない、という言葉に息を呑んだ。

 窘めにも似た物言いついでに軽い力で頬を抓られ、微かな痛みの中で大人しく頷く。一哉くんはやんわりわたしにもう一押しすると、パッと手を離して「花宮たちまだかなー?」と何時もの調子に元通り。あまりの切り替えの早さに呆気に取られつつ、ややあってわたしは深い溜息をついた。


「……言い逃げってずるくね?」
「何のこと?」
「白々しいぞ一哉くんこの野郎!」


 じゃれつくように肩パンしたわたしの頬は、自覚できるほどにだらしなく緩んでいた。



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