第五節 等価交換U


 幸運にも出てきたバケモノは片手で足りる程度の数だった為、今回はわたし一人で片付けることができた。今までの何時より楽に片付いたはずなのに、どうしてこうも気疲れが強いのか。間違いなく素手でバケモノに突っ込もうとした氷室くんとちーちゃんのせいだな、うん。……説明を忘れてた自分が悪いんだけど、最初にきちんと話しておけばよかったと今更ながらに後悔してる。


「お疲れさま、透さん」
「ありがとー征ちゃん、めちゃめちゃ頑張ってきたよ……」
「凄かったな。戦うヒロインみたいで」
「ちーちゃんこの野郎! 危ないことしやがって!!」
「そんなに危なかったのか?」
「当たり前でしょーが! お願いだから君たちはアイツらにもちゃんと警戒心持ってくれませんかねぇ!?」
「あはは」
「さも関係ありませんって顔して笑ってるけど氷室くんもだからね? わかってる??」


 いけしゃあしゃあとのたまうちーちゃんに怒り、爽やかに笑っている氷室くんに頬が引き攣る。労ってくれるのは征ちゃんだけかちくしょう、と思ったところでふと気付く。あれ、そういえば和成くんと降旗くんは?


「……」
「……」
「和成くん、降旗くん、大丈夫?」
「くっそびびった……不意打ちダメ絶対……」
「胸……胸が痛い……」
「よしよし、びっくりしたねー怖かったねー」


 なんと。降旗くんだけでなく和成くんまでもが胸をおさえていました。勝手なイメージだってわかってるけど、てっきり和成くんはホラー系に強いとばかり思っていた。青ざめた二人を宥めながら、少し迷ってそれぞれの背中をさする。……これで少しは落ち着くといいんだけど。


「ねぇ透、バケモノのこと教えてもらえないかな?」
「あ、うん。わかった。……と言っても、わたしたちも大して知ってる訳じゃないんだけどさ」
「構わないよ。オレとしては火傷がどうの、っていうのが凄く気になってるんだよね。もしかして透の包帯してる手は火傷したから?」
「そうそう、氷室くんご明察。さっきわたしが相手したバケモノたち、全部蒸発して消えちゃったのは見たでしょ? ああやって消える時、バケモノの肉片が身体にくっついてるとわたしたちは火傷するみたい。前回の探索でわたしが身を以て体験したし、花ちゃんたちもしっかり目撃してるから信憑性はある情報だよ。……何なら包帯外そうか? 結構エグいモノ見せることになるけど」
「……いや、そこまでしなくて大丈夫だよ」
「そう?」
「ああ。ちゃんと信じるさ」


 氷室くんはにこりと笑う──が、本当に信じてもらえたかは微妙なところである。正直、彼の人となりをわたしはまだ測りかねている。氷室くんとあまり会話ができていないから、というのもあるけど、一番の理由は距離を詰めてこないからだ。名前を呼び捨てにしてみたりタメ口で喋ったりするけれど、そうやって心的距離を近づけたように見せかけ、実はわたしを観察している……といった感じじゃないかな。

 わたしが自分たちにとって利となるか害となるか、彼なりに見極めている最中なんだと思う。そう考えれば可愛いものだ。隠し事はあるけど別に疚しいことじゃないし、クソアマさえ絡んでこなければ無害な死人なので好きなだけ疑えばいいと思う。でも教えた情報は真実だし、わたしを疑ってもそこだけは信じてもらえると助かるなぁ。


「透さん透さん」
「はいはいどうしたの和成くん?」
「バケモノって、今までの探索だとどうやって出てきてた?」
「どうやって? ……うーん。いつも突然出てきたり、気付いたら居たりとかそんな感じだったかな」
「……」
「高尾くん、何か気になることでも?」
「あー、まあ。……さっきのバケモノが近くに居たこと、オレ、全然気付かなくてさ。だからめちゃくちゃ驚いた訳なんだけど、でも、考えてみたらそれっておかしいよなぁって思って」
「おかしい?」
「透さんにはちゃんと説明してなかったよな? オレ、実は『鷹の目』っつって、周りの人とか物の位置を把握するのがすげー得意なんだよ。だからもしバケモノがオレたちに近づいて来ても、早めに気付けるだろうと思ってた、んだけど……」
「気付けなかった?」
「そ。アイツら、ホントにいきなり現れたんだ。──まるで何もない場所から出てきたみたいに」
「……ふむ、それは妙だな」
「だよなー。マジでそうだとしたら、アイツらピンポイントでオレら狙って出てきてるみたいじゃん」
「あ」
「透さん?」
「そういえばアイツら、わたしが霧崎の子たちと探索してた時、二手に別れてすぐ出てきたことあるよ。戦力分散してすぐに出てきやがって、って思ったからよく覚えてる」
「なるほど」


 征ちゃんと和成くんと、三人で頭を悩ませる。今まで全然気にしてなかったけど、改めて考えてみると確かにおかしい気がしてきた。和成くんが言ってたピンポイントで狙ってきてるって話も普通に有り得そうだし、戻ったら花ちゃんたちにも要相談だ。

 今は答えが出そうにないので保留にし、ゴルフクラブとかの武器代わりを回収することにした。ゴルフクラブは人数分もないので氷室くんちーちゃん和成くんが持ち、征ちゃんと降旗くんは傘を持つことになった。……が、すまん少し待って欲しい。


「申し訳ないんだけど、征ちゃんか降旗くん、わたしのゴルフクラブと傘を交換してくれない? 威力はあるんだけど、いかんせん重くて振り回すのが辛くてさ」
「構わないよ」
「ありがとう征ちゃん、助かります!」
「……くれぐれも無理はしないように」
「あはは、善処するよ」


 サンキュー征ちゃん、言葉の裏を読み取ってくれる君の優秀さが本当にありがたいです。ゴルフクラブと傘を交換しながらハッキリ『イエス』と言わずに笑うと、征ちゃんは渋い顔をして溜息をついた。いやぁ、君たちに無茶させられないんだから、わたしが無理しなくてどうするのって話ですよ。もし此処で怪我をしたとして、帰った後に傷が残ったり何かしら影響があったら大変なのは君たちでしょうに。怪我するような事態は先のない死人に任せちゃえばいいのさ。

 これで全員武器になる物を持つことができたので、放送室、資料室、美術室を見に行くことに。美術室の鍵って鍵束になかったんじゃ? と思ったら、どうやら体育教官室にあったのを花ちゃんが回収しておいてくれたらしい。何だよそういうことは教えといてくれよ、花ちゃんのいけず! 戻ったらまた構い倒してやるから覚悟しとけよ!

 よからぬことを考えながら隊列の殿を陣取ると、何やら神妙な面持ちの降旗くんがすすすっと近づいてきた。征ちゃんたちの方を気にしているので、どうやら本人的にはこっそり行動しているつもりらしい。お? お? 何だ一体どうしたんだ?


「狛枝さん……」
「降旗くん、どうかした?」
「左手、火傷してるんでしょう? ……大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。ちょっと我慢すればどうってことないし」
「我慢ってことは痛いんですよね?」
「え。や、まあ、そりゃあ……うん、少しはね」
「少し? 本当に?」


 ……どうした降旗くん、めちゃくちゃグイグイ来るね!?


「……」
「……」
「……。…………ハァ。……ま、普通に痛いよ」
「痛いなら嘘つかないでちゃんと言ってくださいよ……。言ってくれなきゃわからないし、心配するんですから」
「──ふは。良い子だねぇ、降旗くん」
「茶化さないでください!」
「いやだから、心配されたくないから嘘つくんだってば。……わたしは大人なんだから、嘘ついてでも君たち子どもを安心させなきゃいけない立場でしょうが。みなまで言わせないでよ恥ずかしいなぁもう!」
「……」
「何でそんなに不服そうなの君」
「だってそれじゃ狛枝さんが辛いだけじゃないですか。……体育館で守ってくれるって言ってくれたの、オレ、凄く嬉しかったし安心したんですよ。狛枝さんなら信じられるって、信じたいって思いました」
「あは、それはありがたいなぁ」
「っだからオレ、嫌なんです。狛枝さんが責任感のある人だっていうのは何となくわかりましたけど、でも、だからって、信じてる人が──貴方が一人で痛いのも辛いのも我慢して傷つくのは、嫌だって思うんです」


 問い詰めるような強い視線に降参し、大人しく本当のことを話した。降旗くんは眉間にぎゅっと皺を寄せて文句を言うが、わたしにだって大人としてのプライドがあるのだ。幾ら沢山の子たちがわたしを疑っていても、中には少なからず信用してくれている子たちだって居る。だったらわたしはその子たちの不安を煽ったり、気に病ませるような言動はすべきじゃないだろう。

 肩を竦めたわたしを、降旗くんは焦げ茶色の小さめの瞳で見据えてくる。……ムッとした様子で、愚直なまでに真っ直ぐな言葉も添えて。聞いていると非常に気恥ずかしくてムズムズする青臭いセリフだが、何というか、あまりにもストレートだし優しすぎるしで何故かわたしは泣きそうだ。

 別に泣きたい訳じゃない。だけど自分の意思に反して鼻の奥がツンとして、視界も歪んできたりして、どうしたらいいかわからない。こんな時に霧崎の子が一緒に居れば、巫山戯て誤魔化すことだってできただろうに。深く息を吐きながら、涙の膜が張った目を隠すように顔を覆った。


「はあぁ……」
「ちょっ、何で溜息つくんですか!?」
「降旗のそれは天然か? それとも計算してるのか?」
「!?」
「降旗くんの口説き文句は百パーセント純粋な善意だと思いますよちーちゃん」
「くど!?」
「ほらほら、和成くんと征ちゃんがこっち気にしてるよ。降旗くんも合流してきな」
「え、でも」
「此処に残ると言うなら、オレが根掘り葉掘り今の発言について訊くだけだが?」
「すぐ行きます!」


 しれっと口を挟んできたちーちゃんに負かされ、降旗くんは脱兎の如く和成くんたちの元へ向かって行った。「逃げ足早いな」くつりと笑うちーちゃんの手口が鮮やか過ぎてもう、ね。既に歩き出している彼らに置いていかれないよう、適度にゆっくり歩きながら隣の彼にお礼を言った。


「ありがとうちーちゃん」
「別に。個人的にアンタに用があっただけだから」
「用?」
「……知らないとは言え、降旗も酷ぇこと言うよな。アンタの痛みも辛さも、他人が理解してやれるような簡単なモンじゃない。アンタが一人で、食い潰されないように抱えていくしかないモンなのにさ」
「──」


 僅かに躊躇うような素振りを見せた後、なんてことはない、独り言を話すようにちーちゃんは言う。だけど、それは、その言葉の内容は、決して『なんてことはない』ものじゃなくて。


「……花宮が話してるの聞こえた」
「……ああ、なるほど」
「霧崎のヤツらも知ってるんだろ」
「うん。あの子たちには一番最初に教えたから」
「……オレの見立てだと、アンタは自分の弱い部分を出したくないタイプの人間だ。変なところで強がるしプライドが高い、オレや花宮に近いタイプ」
「何それ光栄」
「黙って聞け」
「ウィッス」
「……ハァ。とにかく、そういうプライドが高いタイプの癖に、透は霧崎のヤツらを気に入ってるし頼りにも思ってる。だったらせめて、潰れる前にアイツらにSOS出すとかしろよ」
「はーい」


 どうしてちーちゃんが知っているんだろう、という疑問はアッサリと解決した。わたしが頭脳班を探索へ誘った時のように、花ちゃんがわたしとあの女の関係を話したのを彼はこっそり聞いていたのだろう。まあ、ちーちゃんはソレを知ったところで言い触らすタイプには見えないし、現にわたし以外の人には話していないようだし、とやかく言って責めることもない。ちーちゃんからの評価と忠告を素直に受け取り、こちらを一瞥する薄墨色の瞳にへらりと笑いかけた。


「……ちーちゃんも降旗くんもそうだけど、皆、優しいよねー」
「は?」
「優しすぎてビビるくらいに優しい。あと、凄い楽しい。こんなに楽しいのは生まれて初めてかもって思うくらい、楽しい。……あはは、死人がこんな美味しい思いしちゃっていいものかと不安になるなぁ」
「……そうか」
「これがあのクソアマのお陰だなんて思うのは癪だし、絶対思いたくないっていうか思わないけど。──でも、本当、楽しいのは確かだし。いやー何とも複雑ですな」
「だろうな」
「ま、知ってるからにはちーちゃんに頼ることもあると思うけどさ、その時はよろしくね」
「だが断る」
「なんですと?」
「オレなんかに頼らざるを得ない状況に陥るな」
「……アー、頑張ります?」
「善処するといい頑張るといい、答えはどっちもいいえだろ。オレは赤司みたいに誤魔化されてやらねぇからな」
「えー。……っていうかちーちゃんそのネタご存知なのね」
「リヒテン可愛い」
「わかる」


 思わぬネタで話を膨らませることになり、真面目な話はそこで打ち切りとなった。うん、やっぱりこれくらいの距離感がいい。降旗くんみたいにぐいぐい来られちゃうとびっくりするし、どうしたらいいか戸惑ってしまう。……何より、押し負けて話すべきではないことまで話してしまいそうで、それが一番怖い。

 殺された時のこと。そして、この状況を解決した後のこと。あまり考えないようにと蓋をしているけれど、どちらからも逃げようがないんだよなぁって。だからこそ深く考え込まないようにしているし、霧崎の子たちも、頭脳班も、ちーちゃんも口に出さないで居てくれる。その優しさに甘んじることは、悪いことじゃないはず。

 でももし、降旗くんや和成くんがそれを知ったらどうなるだろう? 和成くんはもしかすると、何も言わずに居てくれるかもしれない。だけどきっと、降旗くんは訊いてくるだろう。本当にそれでいいのかとか、解決したらわたしはどうなるのかとか。そしてきっと、あの子は泣くんだろうなぁって。馬鹿みたいに優しくて良い子だから、色々考えて泣いてくれるのかもしれない。

 ──嫌だなぁとげんなりする反面、■■■■とも思う気持ちには、絶対に気付くべきじゃなくて。その気持ちは速やかに、固く固く、奥深くへ蓋をして隠してしまうことにした。次にこの蓋を開けるのは、開けてもいいのは、全部片付いて終わった後。



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