5.凍える背筋
赤司さんの号令を受け、皆さんがぞろぞろと動き出した。
同じジャージを着た人たちがまとまって行動をしており、黒子さん、黄瀬さんもそちらに合流することにしたみたい。
私は……同じ制服を着てる人なんていないし、顔見知りさえもいないので、虹村さんと灰崎さんと一緒にいる。お二人に挟まれるかたちで、赤司さんを中心に円を描く皆さんに加わった。
「全員集まったようだね。それじゃあ――白鐘さん、だったかな」
「っあ、はい」
知り合いだという虹村さんたちを差し置き、赤と黄の双眸が私を捉える。
……ああ、どうしてこんなに、息をするのが苦しいんだろう。
「君の基本的な情報を教えてくれるかい? 学年、氏名、年齢、学校名と……あとは一応、部活も教えて貰おうか」
君だけが何もわからなくてね。
たった一言、つけ加えられたその言葉で気付いてしまう。
嘘でしょ、と。ただただ愕然とした。
足元がガラガラと崩れていくような、世界が平衡感覚を失っていくような、そんな感覚。
「白鐘……?」
震える手で、虹村さんのシャツを掴む。
どうしようもなく怖くて、不安で仕方なくて、じわりと視界が滲んだ。
「わ、私……白鐘侑、です。榊中学校の三年で、それで……部活は、あの、少し前に合唱部を引退したばかり、です」
震える声でつっかえながら、どうにか求められた情報を開示していく。
心臓が痛いくらいに暴れていて、とにかく胸が苦しくて、吐きそうだった。
……あんな死刑宣告、信じたくない。
「そうか。ありがとう」
ニコリと浮かんだ能面のような笑みに、たまらずゾッとした。
周囲から聞こえる囁き声の内容はわからないけど、でも、全身が冷え切っていくのは止められない。
ああ、駄目だ、これ。
直感的に、そう思った。
「白鐘さん」
お願い、やめて。
「率直に言わせて貰うけど――」
言わないで。
「君が僕たちをここに連れてきた犯人だね?」
「違う!」
悲鳴のような声で否定する。
けど、そんなの、やるだけ無駄で。赤司さんの声に空気が染まっていくのを肌で感じる。
刺すような視線の数々と責め立てる雰囲気に気圧され、ガタガタと身体が震えた。
虹村さんと灰崎さんを見るのが怖くて、シャツを握る手から力が抜けていく。
うっそりと微笑む赤司さんを見つめ返しながら、力任せで震える手を握りしめた。
そろそろ切ろうかな、と考えていた爪が手のひらに食い込んで。
中心からじくじくと広がっていく痛みだけが、私を正気に繋ぎとめる縁だった。
「赤司」
――灰崎さんの声だ。
今まで聞いたいつよりも固くて、地を這うような響きの声。
「灰崎は黙っていろ。僕は今、彼女と話しているんだ」
ぴしゃりとはねのける赤司さんに、思わず身体が竦み上がった。
彼の視線はずっと私に注がれたままで、美しいはずの赤と黄が、今は酷く恐ろしい。
「どうしてお前は白鐘が『そう』だと断定するんだ。証拠なんてねぇだろ」
「貴方もですか、虹村先輩。至極単純なことです。ここに集まった面子の中で、どうしたって白鐘さんだけが違いすぎるでしょう? 白鐘侑はどうしようもなく異分子だ」
かち、かち。
歯のぶつかり合う音が、耳障りに鼓膜をふるわせる。
「年齢、性別、部活に学習過程。加えて彼女には、ここにいる誰とも接点がない」
「それはお前らに限った話だろうが。オレや灰崎にはある」
「でが訊きますが、その接点はここで出会う以前からのものですか?」
「っ……」
強かな舌打ちが隣から聞こえた。
「ほら、やっぱりないでしょう? ……ああ、そうだ。更に言うなら涼太を知らなかったことも挙げられますね。いくら俗世に疎かったとしても、あの顔ですよ? 涼太は三年前からモデルをしているのだから、少しくらい記憶に残るのでは? それでも知らない、と言い切るのなら、この異常事態を引き起こした犯人だと考えるのが打倒だと思いますが」
「……でも」
「でも、なんだい?」
「犯人なら、寧ろ知っているんじゃないですか。皆さんをわざわざこんなところに連れてきたんですから」
「対象を無作為に選んだのであれば、知らなくてもなんらおかしくないだろう?」
「っ、じゃあ! どうして私たちは【バケモノ】に襲われたんですか!?」
「君じゃなくて、君と一緒にいた虹村さんたちを狙ったんだろう」
ああ言えばこう言う、とは、こういうことを言うんだろうな。
何を言っても、弁明しても、赤司さんは『白鐘侑が犯人である』という前提を崩さずに否定する。
……もしかして、そういうことなのかな。
またひとつ、気付きたくなかったことに思い当たってしまったけど、だけど。
「私じゃありません」
私できるのは、この主張を続けることだけ。
「赤司」
「どうしましたか、花宮さん?」
「テメェのそれはただの暴論だ」
私たちの応酬に割って入ったのは、緑のジャージを着た人。
花宮さん、と呼ばれた彼の言葉で、またザワリと空気が揺れた。
不快も、不満も、何一つ隠そうとせず、反吐を吐くように言い捨てた花宮さんは、きっとわかっているんだろうなって。そう思った。
赤司さんには私の言い分や、私を庇い立てる言葉を認めるつもりがないってことに。
そして……。
「あかし、さん」
緊張で口の中はカラカラに乾ききっている。
「私に、何をさせたいんですか?」
もつれそうな舌を動かして尋ねた私へ、その言葉を待っていた、というように赤司さんは微笑んで。
「賢い君なら、もうわかっているよね?」
prev | next