3.欠けた色彩



「もしかして――」
「オレたち以外に誰かいる、のか?」


 三人で顔を見合わせ、自然と笑みがほころんだ。
 ……光って、本当に偉大だ。
 ただそこにあるだけで安心感をもたらしてくれるし、こんな状況でも希望を持たせてくれる。


「行先、決まったな」
「はい」


 こくりと頷いて、壁を支えにのろのろと立ち上がる。
 そんな様子を見かねてか、虹村さんが私の手を取り、しっかりとつなぐ。
 ……あったかい。
 きゅっと少し手に力を込めれば、虹村さんは優しく握り返してくれた。


「行くぞ」


 先程までより慎重に、まわりを警戒しながら教室を出る。
 【テケテケ】が戻ってくる前に移動すべく、すぐ近くの階段は静かに駆け下りた。
 やはりあそこは二階だったようで、一階層降りると下へ続く道はなくなってしまう。


「確か、向こうだったよな」


 虹村さんの確認に、灰崎さんと揃って首肯する。
 あまり音を立てないようにと、細心の注意を払いながらそろそろと廊下を進む。


「虹村サン、あっち」
「灰崎ナイス」


 そっと灰崎さんが指さした廊下は、奥の方に明かりが漏れて見える。
 どうやらそちらのルートに体育館はあるらしい。
 あと少しで体育館に着くんだ、とほんの少し気を緩めた。

 その、刹那。





――ずるっ





「ひっ」
「!」





――ずる、ずるずる
――ぴちゃっ、ぺたぺた……





 薄暗い闇の中、視界に入ったのはいわゆる【バケモノ】。
 その見かけは某ゲームに出てくる【リッカー】……ぬるぬる、てらてらとピンクの肉が光る俊敏で醜悪な異形のよう。

 驚きと恐怖とで表情が凍りつき、全身が竦みあがる。
 ……なんなの、アレ?


「っ、走るぞ!!」


 虹村さんが動けなくなった私の手を引き、その力に従って走り出す。
 だけど、身体の硬直のせいか、それからすぐに足がもつれて。


「う、あっ……!」
「白鐘!」


 体勢を崩した私に、解けた手に、虹村さんが焦った声を上げる。


「チッ――」
「!?」
「うるせぇ、黙って掴まってろ!」
「は、はいっ」


 けれど、私が床にダイブするその直前。
 セーラー服の襟を引かれて一瞬の苦しさを感じたあと、すぐ近くに灰崎さんのご尊顔があった。
 何が起こったのかと混乱する頭で、かろうじて背中や膝の裏を支える力強い腕を理解する。
 支持されるまましっかりと灰崎さんの首にしがみついて――ようやっと、自分が抱きかかえられていることに気付いた。


「おい! 誰かいるんだろ!? さっさと開けろ!!」
「なっ、ショーゴ君……!?」


 灰崎さんが扉越しに怒鳴りつける。
 すると、体育館の中からは驚きながら灰崎さんの名前を呼ぶ声が返ってきた。
 中にいる人って、もしかして灰崎さんの知り合い?


「おい黄瀬ぇ! 中にいるんなら今すぐ開けろ! でないとその顔、徹底的にボコるぞ!」
「に、虹村主将まで!? 今開けるっス!」


 ガラッと扉が開き、それと同時に灰崎さんと私が中に滑り込む。
 虹村さんがあとに続き、落ち着く間もなく慌ただしく扉を閉めた。

 そして。





――ぐしゃり





 潰れる、音。
 何が起きたのかは想像に難くない。
 それだけに、ビクッと身体は震え、灰崎さんに縋りつく腕に力がこもる。


「ユウ」
「は、いざきさん」
「下ろすから、いい加減離せ」
「……はい」


 できれば離れたくない、けど。
 でも、灰崎さんに迷惑をかけてはいけないから、そぉっと腕をほどいた。
 そのままゆっくりと床に下ろされ、――地に足をついた途端、私はその場に座り込んでしまう。
 たぶん、さっきの追いかけっこで腰が抜けちゃったんだと思う。


「白鐘、大丈夫か?」


 私と視線を合わせるようにしゃがみこんで、虹村さんが気遣うように声をかけてくれる。


「……なんとか」


 苦笑いで、自分でもちょっとなーと思うような言葉を返す。


「悪かったな。手を離しちまって」
「大丈夫です。そもそも、私が転びそうになったのがいけないから」
「年下の癖に変な気ィ遣うなっての」


 本当のことなんだけどなぁ。
 虹村さんにぐしゃぐしゃっと頭を撫でられながら、そう思う。


「動けなくなった私の手を引いてくれただけですよね? 虹村さん、何も悪いことしてないですよ」
「ったく。お前はホントにデキたヤツだな」


 最後にくしゃっと髪をかき混ぜると、虹村さんは私の手を引いて立ち上がった。
 まだ少し膝が笑ってるのか、立った時にちょっぴりふらついてしまったけど、倒れたり転んだりしないようにと虹村さんが支えてくれる。
 その腕にしがみつきながら「ごめんなさい」って謝ったら、「気にすんな」と虹村さんが笑う。
 ……うーん。やっぱり、虹村さんの方がずっと気を遣ってくれてるよなぁ。


「何人か知ってる顔がいたから、そいつら紹介してやるよ」
「そうなんですか?」
「おう。どいつもこいつも目立つヤツらばっかだから、すぐにおぼえられると思うぜ」


 不意にそう言うと、虹村さんが『知ってる顔』に順番に指をさしていった。
 ……誰も彼も、見たことないくらい奇天烈な髪の色をしていて、思わず呆気にとられてしまう。


「あの赤い頭が赤司征十郎。青いのが青峰大輝。黄色くてシャラシャラしてんのが黄瀬涼太で、紫の巨人が紫原敦な。そんで――、あ? 緑間と黒子がいねーのか?」
「あの、います。ここに」
「おわっ!?」
「ひえっ!?」


 虹村さんが首を傾げたと同時に、にゅっと視界に入る影がひとつ。
 水色の頭の、ちょっとだけ線が細い男の人だ。

 ……いつの間にこんなに近くに来てたんだろう?
 ものすごくびっくりした……。


「相っ変わらず影ウスいなお前」
「ありがとうございます」
「褒めてねーよ。白鐘、この影ウスいヤツが黒子テツヤな」
「黒子さん、ですね」
「はい、黒子です」
「私、白鐘侑です。初めまして」
「なぁ、黒子。緑間はいないのか?」
「はい。緑間くんはいないみたいです。緑間くんのチームメイトの人たちもいないので、彼らはこの状況に巻き込まれていないのかもしれません」
「ふーん。ま、こんな状況に巻き込まれてねぇならいいさ。……いいか、白鐘? 今言ったヤツらがオレの中学ん時の後輩だから、なんか困ったことがあれば頼るといいぞ。なんならオレの名前出してもいいからな」
「が、頑張っておぼえます」
「つっても、黄瀬くらい知ってんだろ?」
「え? 黄瀬さんって有名人なんですか?」


 虹村さんの『当然知ってるだろ?』みたいな言葉に驚く。
 そりゃ、髪の色は真っ黄色だし、顔もすっごくきれいだけど、黄瀬さんって一般人でしょ?

 不思議に思って首を傾げたら、何故か体育館が波を打ったように静かになった。
 さっきまで「虹村センパイ、なんでオレだけ紹介の仕方が酷いんスか!?」なんて騒いでいた黄瀬さんも、大口を開けてポカンとしているし……え、なんで?
 私、何か悪いことした?




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