拝啓、花残月の君へ | ナノ

1.鮮烈な色彩


 ──ガタゴト、揺れる音が鼓膜を突いた。

 久しく聞かなかった電車の音だと、そこまで認識したところでおかしなことに気付く。
 何故、電車の音がするのだろう。
 自分は寝室で眠りについたはずではなかったか。
 パチリと瞼を開けるとそこはやはり電車の中で、自分はどうやら、一人ぽつんと腰かけているようだった。


(明晰夢……?)


 それにしてはリアル過ぎる気がするし、そもそも自分は夢を夢と認識できた試しがない。
 状況を呑み込めず戸惑っていると、ポケットの中でスマホがぶるぶると震えた。
 どうやらメッセージを受信したらしく、おそるおそる見慣れたスマホの画面を開けば、差出人名には『伯父様』と表示されていて……お、お、伯父様ぁ!?
 見慣れない文字にわたしがぎょっとしたのは至極当然の反応で、目まぐるしい変化の連続に、なんだかもう、目が回ってひっくり返りそうな心地だった。

 わけがわからないことの連続で、正直、色々ツッコミたいところだけど。その気持ちをここはぐっと堪えて、ひとまず、届いたばかりのメッセージの内容を確認してみることにした。
 ……ふんふん、なるほど?
 どうやら伯父は急な仕事で駅まで迎えに行けなくなったから、代わりに息子を迎えに行かせる、というのがメッセージのおおまかな内容だった。
 ははーん、つまり伯父はきっと大きな企業に勤めていて、役員とかの重要な地位にいるってコトなのでは?
 だからわたしも伯父を『伯父様』って登録しているんだ。
 うん、きっとそうに違いない!


(おかしいなー、わたしの伯父は地方で自営業を営んでいたはずだったのだけれど!)


 取り敢えず『わかりました。ありがとうございます』と伯父様にメッセージを返し、スマホの画面の電源を落として、電車の座席にずるずると深く座り込む。
 ……目下の目標は駅に着くまでに状況整理をすることです、まる。



   + + +



 改めて状況……というか、頭の中を整理してみることにする。
 というのも、ひとえに今のわたしの頭の中に、二重の記憶が存在しているらしいと気付いたからだ。

 まずはひとつめの記憶──仮に記憶Aと呼称するけれど、そちらは人の一生分の記憶がぎゅっと濃縮されていた。

 普通に生まれて、赤ちゃんから子どもへ、子どもから大人へってな感じで成長して、お気楽気侭な独身貴族(おひとりさま)ライフを満喫していたけれど、ある日コロッと死んでしまった……みたいな。
 ざっくり説明するなら、そんな感じ。
 ちなみに死因に事件性はまるでなく、流行り病の重症化が原因でしたね。いわゆる流行性感冒ってヤツです。


(まあ、わたしの記憶違いじゃなければ……だけど)


 それからふたつめの記憶、もとい記憶Bについては、まだまだ人生の途中ですよ〜って感じね?

母子家庭に生まれて、母ひとり子ひとりで協力しながら生きて来たけど、働き過ぎで無理が祟ったのかちょっとした風邪をこじらせて母親が死んで。
 ろくでなしの父親のせいで母さんは実家に縁を切られているから、交流が残っていた父方の伯父──母さんにとっては義理の兄にあたる人にわたしを引き取ってもらうことになりました、と。
 大まかにまとめちゃうと、大体こんな内容の十六年をわたしは過ごしてきたらしい。

 これらの記憶A、記憶Bを総合して考えてみたところ、どうも記憶Aのわたしが死んで、なんやかんやあって記憶Bのわたしに生まれ変わったと考えるのが妥当な気がする。
 見るからに現代日本って感じの世界なので、昨今のラノベにありがちな異世界転生ではないみたいだけど。
 それでも生まれ変わり、なんて珍しい経験をしたことに関しては、結構──ううん、かなりドキドキワクワクしちゃうかも。

 ちなみに、綺麗に整理整頓した記憶によれば、現在は母と過ごした家を引き払って伯父がいる東京へ向かっているところらしい。
 大都会東京ライフなんて記憶Aこと前世でも経験したことがないんだけど、わたし、無事に生き残れるかしら……?


   + + +


 てっきり自分が乗っているのは電車かと思っていたが新幹線だった、というしょーもないオチ。
 仕方ないよね、生まれも育ちも新幹線の通ってないド田舎で、大人になってからもなんとなく新幹線に乗る機会がなかったんだもの! なんて、現実逃避をしているうちに目的地へ辿り着いたらしい。
 車掌さんのアナウンスに席を立ち、ポケットの切符を確認。
 隣の席に置きっぱなしだった鞄を掴んで、怖々と駅に降り立つ。

 なお、大きな荷物は既に伯父の家に宅配便で送ってあるので、わたしが持っている鞄は財布やハンカチといった細々したものが入っているきりである。
 といっても、家具の類は伯父が用意してくれたらしいんだけど。
 ……やっぱり伯父は資産家なんだなと、太っ腹な対応にどんな顔をすればいいのかわからないね。笑えばいいのかしら。





 ごった返す人の波を縫って、待ち合わせ場所の出口に向かう。
 駅の構造は比較的わかりやすかったので、迷うことはないはず。

 ……ただ、残念ながら、わたしは肝心のお迎えの顔が分からない。
 スマホのデータに伯父の名前がわかるようなものはなく、息子くんについても同様。
 容姿についての言及は一切なく、辛うじてわかったことと言えば、この春にどうやら息子くん改めわたしの従弟くんが高校一年生になるらしい……という情報くらいのものだった。

 ──とまあ、そういうわけで、相手がわたしを知っていることに賭けて、あちらから声をかけてもらえるのを待つしかないのである。


(本当にどうしよう)


 もだもだと悩むうちにも、待ち合わせ場所には着いてしまった。
 ああ、もう、本当にどうしよう。
 いくら状況と記憶の整理ができたと言っても、見知らぬ土地に足を踏み入れたばかりで、顔も名前も知らない人を待つ……と言うのは、この上なく心細かった。
 伯父か従弟くんから連絡はないか、と忙しなくスマホを確認するものの、やっぱり結果は音沙汰無しで。

 怖くて、不安で、心細くて。
 軽くパニックに陥って、とうとう目に涙が浮かびかけた時──


「朔晦はとりさん、ですか?」
「っ、はい」


 ──自分の名を呼ばれた。
 そう認識した瞬間、じわじわと暗く狭まっていた視界が、一気に明るくパッと開けたような感覚がした。


(きっと従弟くんだ……!)


 そうじゃなくちゃ、こんな大都会でわたしの名前をピンポイントに当てられる人なんているはずもないし。
 本当に良かった、なんとか首の皮一枚が繋がったような気分だ。

 ……なんとなく聞き覚えがあるような、とわたしの名前を呼んだ従弟くん(暫定)の声に、僅かな疑問を感じたのは一瞬だけ。
 今のわたしはそんな些細な疑問より、無事に従弟くんと合流できた安心感でいっぱいで、あんまり気にしている精神的な余裕がなかったのもあると思う。

 だから、そう、『心の準備』なんてものはまったくしていなくて。
 顔を上げた瞬間、視界に飛び込んできた鮮烈な色彩(あかいろ)に、わたしはハッと息を呑んだ。


「ああ、良かった。お待たせしてしまったようですみません」
「……きみ、は」
「初めまして、になりますね。赤司征十郎です」


 にこりと微笑んだのは、まだあどけなさが残る、赤毛の少年。
 赤と黄色のオッドアイには、正直、ものすごく見覚えがある。

 開闢の帝王。キセキの世代の主将。
 あれこれと脳裏を過ぎる呼び名は、どれもこれも、未だ負けを知らない彼にこそ相応しい──。


「父から連絡は来ていたかと思いますが、代わりに迎えに来ました」
「合流できて良かったです。恥ずかしい話、東京なんて小学校の修学旅行ぶりで、右も左もわからなくて……。高校入学前の忙しい時期なのに、本当にありがとうございます」


 滲んでいた涙と大きな動揺を隠すためにへらりと笑って、ぺこりとひとつ、赤司くんに頭を下げた。
 ……いやまあ、オッドアイからして何様僕様赤司様な方の赤司くんなので、わたしなんかのチャチな誤魔化しなんてきっと通用しないんだろうけどね?
 それでもなんとか、年上の意地でなんでもない風を装えば、赤司くんは何も言わず、どういたしましてと穏やかに微笑んでくれた。


(うーん、ただの微笑みなのにとっても優雅……)


 赤司くんの品の良さというか、育ちの良さが滲み出ていて、一般人のわたしにはちょっと眩しすぎるかも──なんて、そんな風に考えられるだけ、気持ちの余裕ができたのか。
 はたまたあるいは、一時的に現実逃避を決め込むことで……『まだ確定はしてないから!』と思い込むことで、無理やり心の安寧を保とうとしているだけかもしれないけれど、まあ、どちらにしても結果的には同じことだろう。


「僕が引っ越すまでの短い間にはなりますが、これからよろしくお願いします。朔晦さん」
「こちらこそ……どうぞよろしくお願いします、赤司くん」


 社交辞令と共に差し出された手のひらを、恐る恐る握り返す。

 ……触れた手のぬくもりは、思ったよりも少し熱くて。
 けれどそれが、今はなんだか、とても安心できる気がした。




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