アイオロスさんはそのまま低い声で続けた。

「いつまでたっても甘ちゃんは治らないな」
「なんのことですか」
「それを踏みつければ態勢を崩すことはなかっただろう」


私が踏みつけないだろうことを見越して背中を押したくせに、そんなことを言うアイオロスさんに黙り込んだ。

だが、その沈黙にキリがないと判断するとすぐに私は会話を続けることを選ぶ。


「私は、神に感謝こそすれ恨むことなどありません」
「君の神は、人に何も与えやしないのに?」
「安息と平穏をお与えくださいます」


何度目のやり取りだろうか。
この件に関しては分かりあえないだろうことを知りながら、きっぱりと言うと、アイオロスさんはようやく振り返った。
私はちょうど取り出した十字架を部屋のドアノブにかけているところだった。


「それは一体、どういうつもりで?」

私の行為について訊ねたアイオロスさんに向き直る。最後に十字架をそっと握り祈りをささげた後に答えた。


「せめて彼らが主から死後の安寧を与えられるように」


その回答にアイオロスさんは鼻で笑った。

その反応はすでに想像していた通りで、私は怒る気も起きずに肩を竦める。


「君は、本当にこの仕事に向いていないな」
「私はエクソシストですよ」


向いている、向いていないの問題ではない。
覚悟があるか、どうか。重要なのはそれだけだ。そして私はその覚悟を持っている。自分がエクソシストでいるという覚悟を、もうずっと昔に決めている。


改めて私の顔を見たアイオロスさんはすぐに息をつくと目を伏せた。
そしてもう問題は終わったとばかりにくるりと体の向きを変えて歩き出す。報告をするための携帯を取り出しながら、彼が私に声をかけた。

「帰ろう、なまえ」
「はい、アイオロスさん」

なんだかんだ言って、私のことを待ってくれる、または共に行こうとしてくれるアイオロスさんに少し嬉しく思う。

パートナーとして、最初のころより少しは認めてくれているのだろうか。
その答えなど私には分からなかったが、今はそれで良い、ただそう思い彼の後を追った。


背後で風に揺れ、扉に当たり音を立てた十字架を一瞬だけ振り返り、そしてもう私たちは振り向くこともなかった。

多分明日も明後日も明々後日も、私は何も与えないとアイオロスさんがいう神を信じ、主のために多くを殺す。今までそうしてきた私には今更停滞などできないのだ。それが自己を守る行為であり、同時に他者を守る行為であると、私は信じて疑わない。

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