ふいに私を見たアイオロスさんが言う。

「もう死んでいる」
「…そうですね」
「何故踏まなかった?」


悪魔を指しているだろう言葉に、それを見下ろす。

「何故、ですか?」


踏めるはずがない。
例え悪魔とはいえ、死後にも辱めを受けさせる必要はない。私はそれをもう何度も言っている。だからもう知っているだろうとアイオロスさんをまっすぐに見つめた。

私の心意に、アイオロスさんはすぐに気が付いたのか首を振った。

「違う、そうではない。君は生きている、これは死んでいる。それが事実だ。死んだ者に気を使いすぎ、君が危険を冒してどうする?」


ようやくアイオロスさんの言いたいことを理解した。
死者への敬意の前に、今の命を大事にしろとでも言いたいのだろう彼が、それを決定づける言葉を口にした。

「お前の態度ではいずれ命取りになるぞ」
「…だからといってどのような相手でも死体を無碍にすることは許されるべきではありません」


私の言葉に、アイオロスさんはしばらく地面に転がったそれらを見下ろしていたが、やがて無表情のまま踵を返した。

「あの、彼は結局何だったんですか?」

壁に寄り掛かって死んだ、人の姿をしたそれから視線をそらさずにアイオロスさんへ問いかける。アイオロスさんは「さあ」と短く呟いた後、ほんの一瞬だけ足を止め続けた。

「悪魔と長時間ともに居続けると、気が触れてあちら側に引きずり込まれる人間がいると言うが。それか、元から奴らの仲間だったか、どちらかだ。どちらにせよ、なまえ、迷う必要はない、それは我々の倒すべきものだった」

短く、どこか冷徹ささえ感じるその言葉に一瞬言葉がつまる。しかしすぐになんとか言葉を彼へと投げかけることに成功した。

「何故、倒すべきと決まっているのでしょう?彼は一度逃げました、戻ってきたのは、正体に気が付いた私が自分を殺しに来るかもしれないと言う恐怖心からではないのですか?だとしたら、暴力が暴力を呼んでいるだけで、彼は何も悪くないのでは…」

アイオロスさんはその言葉に振り返らずに再び歩き始めた。

「しかしただ単に殺人を楽しんでいただけかもしれない。もしも、などとそのようなことを言えばきりがなくなる」
「でも…」

もしかしたら、彼にも大切な人がいたのかもしれない。
そう思うと居たたまれない気持ちになった。悪魔だから、それらの仲間だから、大切な人がいないとも限らない。

「外見は、ただの人ではないですか」
「外見で中身を量ることはできない」
「中身を量るだけの時間を私たちは持ちません」
「ああ、持たない。他者の内部を正確に知りきるだけの時間を私たちは持たない。それを持つのは神々だけだ、神々はそれを我々に与えなかった。与える必要がないと判断したからだ。だから種族でエクソシストは判断するしかない。なまえ、もしも恨むのなら何も与えない君の神を恨むが良い」

私はあくまで神に従うが、なんて道化師も笑ってしまうような台詞を吐いたアイオロスさんに足を止めた。

4/5
*
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -