ふにゃりと緩んだ顔を見たカノンも、呆れたように、それでも少しだけ嬉しそうに笑う。
「カノン、好き」
カノンはそう言った私を見ると、私の顎に手をかけた。
そして驚く間もなく唇同士が触れ合った。
「な、」
にやりと笑みを浮かべたカノンが、私の手を引いたまま奥の部屋へ入っていく。
「俺はお前を愛している」
低く穏やかなその声に胸が締め付けられるかのような心地がした。
そして、また心臓がどくりどくりと動き始める。この人はきっと私の寿命を短くする。でも、カノンならば寿命を短くされたって構わない。私を人間にした。彼の傍で生きられるようにしてくれた、カノンなら。
その思考が何か恥ずかしいもののように感じた瞬間、頬に熱が集まった。
ぷすっと音を立てそうなそれに首を振った。
不思議そうな顔で振り返ったカノンにさらに首を振る。
今この心情を彼に知られることは避けたい。
よく分からないが、恥ずかしすぎる。
「…なんだ」
「な…なんでも、ないです」
そして間近で私を覗き込む海の瞳を見上げる。
青、青い。
故郷の色。
彼に見つめられるだけで、まるで深海で浮遊している時のような感覚を思い出す。今は、カノンが私の故郷になりかけているのかもしれない。もし、そうなのだとしたら私はもう本当にあの場所へ帰ることはないのだろう。いや、温もりを知ってしまった今はもう、あの一人ぼっちの場所には帰りたくない。
人は、恐ろしい。
しかし、カノンは温かかった。
もしかしたら、他の人間もそうなのかもしれない。私はそれをこれから時間をかけて知ることができる。
カノンの隣で生きながら。
彼と同じ熱を持つ今ならそれができる。そうしていきたい。
ぎゅっと彼の大きく、少し硬い手を握った。
「貴方と一緒にいたい」
カノンが口端をあげ、手を握り返してきた。
ああ、この熱は、愛おしい。
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