私は元人魚です。今は人間です。
長い間私は人間が嫌いでした。人間はとても恐ろしい生き物なのです。


でも、ひょんなことから知り合いになったカノンのことは嫌いではありません。


人魚の間の古い言い伝えでは、人に名前を教えることは禁忌とされていました。
しかし、それでも私はどうしても彼に名前を呼んでもらいたかった。


彼を愛してしまった。

だから私は彼に名前を教えたのだ。
そしたらなんと、不思議なことに私は人間になることができたのだが。



「はやく歩け!」

「嫌です無理ですごめんなさいいいいい!!」


人として生きるためには、人間の中で過ごさなければならない。
それが私にとって第一の、そして最大の試練だった。


「いい加減にしろ、なまえ!」

「ひいいっ!すみませんごめんなさい!!」


先ほどから森と呼ばれる、木が鬱蒼と茂る場所でカノンと手の引っ張り合いっこをしている。

だが、到底彼の力に敵うはずもなくずるずると私が引きずられているのだ。
それでもなんとか逃れようと必死に踏ん張る。とうとうカノンは苛立ったように私を見た。

「ご、ごめんなさい…!」


それでも嫌だったのだ。

どうやらこの木々を抜けた先にはたくさんの人間がいるらしい。
そして私はそこに連れて行かれるらしい。

人間がたくさんいる場所に!
私が!
信用できる人はカノンしかいないのに!



今はお前も彼らと同じ人間ではないかと言われればそこまでの問題、されど私には大きな問題だ。
たとえ自分も人間になったからとはいえ、それまで持っていた恐怖心までが消えるわけではない。

目が覚めて、自分の足を見るたびに人間に見つかったのかとびくびくぶるぶるしている今はまだ、とてもカノン以外の人間と接することなどできやしない。

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