「おい、カミュ」
「…なんだ」
「…なまえは、お前の恋人だからな」

忘れるな、そう言ったミロの言葉を私は背中で聞いた。カミュはもう振り向かずにずんずんと進む。私は彼についていくことで精いっぱいだった。

次々と通り抜けていく宮では、眠っているだろう人を除き、まだ起きているそれぞれの住人達は目を丸くして私たちを見た。それがなんとも気まずく、しかし弁論の暇もなく宝瓶宮へと連れ戻された。


薄暗い宮は冷え切っており、どうやらかなりの時間無人だったらしい。それにまさかと思いつつも、腕を引くカミュの背中に投げかける。

「もしかして、ずっと白羊宮で待っていてくれたの?」
「なまえ」

私の言葉のためかは分からないが、ともかくようやく立ち止まったカミュが振り返り私を見た。

「何をしていた」

すぐ目の前に立ち、見下ろされる。あまりにもその距離が近かったせいで思わず後ずさった瞬間柱に背中がぶつかった。カミュの瞳が、私を柱に縫い付けるのではないかと思う鋭さで見つめる。

「こんな時間まで、何故ミロと」
「…今、何時?」

それははぐらかすための質問ではなかった。どうしても私はそれを確認しなければならなかったのだ。
質問に質問を返した私に、カミュは怒る権利も持っていたはずだが彼はそうしなかった。ただ冷静に今の時間を告げる。0時25分。とうとう日付が変わった。

「答えろ」
「ええ、答えるわ」

そして私は手にしていた紙袋をカミュの前に押し付けた。
彼の目が丸くなる。


「…なんだ?」
「それを探し回っていたら、こんな時間になっちゃったのよ。中々見つからなくてね」

開けてみてと言った私を、カミュは一瞬躊躇いがちに見たがやがて紙袋に手をかけた。
彼が袋の中身を見たのを確認し口を開く。


「貴方の生まれた町で作られたワインよ」

その言葉に目を丸くしたまま私を見たカミュに笑いかけた。

「今日、なんの日か覚えている?」
「…いや、」
「…カミュが初めて聖域に来た日なんだけれど」

私たちが出会った日。そのお祝いをしたかったのだ。
ミロにはワインを探すのに付き合ってもらっただけで本当に何でもない。

カミュは特別頑固ではないし、どちらかといえば柔軟なほうなのだろう。
だが人を見る目は確かなはずだから、私を見て、その真偽を量ることなどそう難しい問題ではなかったはず。しかし、彼は眉を寄せたまま立ち上がる。あんまり眉を寄せ続けているといつか彫刻のように皺が刻まれてしまうなんて言える雰囲気ではない。

これはまさかの本気で氷漬けパターンではないだろうな。
そう戦々恐々とした瞬間、思い切り抱き寄せられた。

「…すまない、勘違いをしていたようだ」
「ううん…、私こそごめん、心配させちゃったみたい。でも、私が一番にお祝いできた?」
「ああ」

カミュにしては珍しくきつく抱きしめられ、少し驚きながらも彼の背中に手を回した。

4/5
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