皆の小宇宙を感じる。
まさか天界に来ているのか?

…そうか、戦いを始める前に止めることはできなかったのかと理解して壁に手をついた。

ごめん、


ごめん、沙織。結局私はなんの役にも立たなかった。
戦いを止めることはできなかった。

それならせめて、どうかみんなが無事でいてくれるように祈る。また、勝利の女神は祈ることしかできないのか。ニケとは、なんて弱いのか。

いや、違う。私はもう知っている。


決めるのは私だ。戦うのは私だ。まだ、私にもできることはある。

「…っ!!!」

立ち上がり、手を縛り壁につなぐ縄を思い切り引いた。ギシギシとなる音に、外で見張っていたらしい兵士が一人中へ入ってくる。

「この小娘、大人しくしないか!」

そう怒鳴りつけた男を見る。
彼の腰に刺さった短剣を見て、しめたと思った。即座に彼の急所を蹴り上げる。

「おふっ」
「うっ」


嫌な感触!
とりあえず足を洗いたいかもしれないなんて、前のめりに倒れた男にとどめをさそうと背中に乗る。そのままガシガシと踏みつけてみたのだがふいに足を掴まれた。

「こ、…んのあばずれが!!」
「っわ!」

光が輝いて剣が振り被られる。それが走り抜けた時、地面につないでいた縄がちぎれた。攻撃するつもりが、それは私を解き放ったに過ぎなかった。

(でも、やった!)


ぱらりと落ちた縄を放り投げて後ずさる。倒れていた男は若干内またになっていたがすぐに起き上がってきてしまう。

少し困ったことになったと思いながら男の背後の開け放たれた扉を見た。ここから逃げ出すには男を通り抜けて行かなければならない。

しかし、生憎私は武器を持ったおっさんと戦えるほどの力はない。不意打ちという最高にずるい手でも使わなければ勝てやしない。

こんなことになるのだったら、やはり沙織に頼んで修行を積ませてもらうんだった…!サガやアイオロスみたいに岩をばっきんぼっきん壊せたら勝ち目があったのに。…いや、あんなことができなくても、勝ち目を手に入れなければならない。

じわりと掌に滲んだ汗を握り締めて小宇宙を高めた。

一瞬で良い。
倒す必要はない。

まずはここから逃げ出して、すでに天界を訪れてしまっているらしい聖闘士たちの誰かのもとまで逃げよう。私は、勝利女神としての役割を果たさなければならない。


ちゃりと金属の擦れる音とともに目の前の男が刀を抜いた。

「…こんな人間など、生かしておく価値もない。大神の命令に背くことにはなるが…、手っ取り早く殺してしまい、奴らから勝利を奪えばいい」
「貴方は愚か。私を殺したところで、アテナから勝利を奪うことはできない」

やはり天界は私を“勝利”としてここにとらえていたらしい。
それくらいしか私ごときの利用価値など見つからないから当然といえば当然の理由かもしれないが、生憎それは無駄に終わる。

私は勝利ではない。
だが、彼らはそれをまだ知らない。十分に利用価値はあるんじゃないかと笑って眼の前の男を見た。

「天界の住人は皆、人が神を恐れるだとか、神への畏れを知れって言うけど…、ばかみたい。人が神を恐れる?現代の人間は神に対する畏れを忘れて久しい。それどころか、神の存在も忘れそうになっている。恐れているのは人間じゃない」

人間はもう神を恐れていない。

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