青空が続くある朝のことだった。

乾燥したからりとした風が教皇の間を吹き抜けていく。
黄金聖闘士が揃った教皇の間に、開け放たれた扉からアテナである沙織が毅然とした態度を崩さずに入ってきた。聖闘士が皆膝をつき、私もそれに倣う。

シオンと私の間の椅子に腰かけた彼女が黄金の杖でカツリと地面を叩く。
そして顔を上げた彼らにアテナが微笑みを浮かべた。


「それでは、始めましょう」


その言葉にシオンが目を伏せて書類を手にした。沙織がここに来てから行っているらしい定期的な会合の始まりの合図だった。
すぐにシオンが書類を読み上げながらここ一週間の報告をしていく。沙織は目を伏せて静かにそれを聞いていた。また、柔らかな風が吹き込んでくる。

「…各地で大規模な干ばつと日照りが続き、食糧の慢性的な不足が問題になっています。すでに暴動が起きている地区もあるようです。雨季の季節である地区でさえ今年はほぼ雨が降らず、すでに住民に影響が出始めているようです。また、逆に雷雨により川が氾濫し孤立する地域もあるようで…」

そこで言葉を切ったシオンが沙織を見た。
沙織は同情のこもった目つきでシオンを見ると頷いた。

「それらのことはすでに財団のほうでも調査しています。貴方たちもすでに知っているのでしょう。問題はその原因です。私が知りたいのはそれですよ」
「……あまりにも急な天変地異とも思えるこれは、自然現象というより…」

言い澱んだシオンが深く息をついた。沙織はまた目を伏せて頷く。

「天界、オリンポスでしょう。皆もすでに知っている通り、この間天界より伝令神ヘルメスがここに使わされました。天界は、聖域の存在を恐れているのです。そしてアテナたる私を、天界に戻すことを考えている」

それはもう、皆知っていることだった。
それでも、アテナ自身の口から語られると信憑性が一気に増すのか、何人かが表情をわずかに歪めたり強張らせたりした。アテナがまた杖をつく。


「私は最後まで地上を見届けます」
「しかし、天界がそれを許すのですか」
「許さないでしょう。いずれヘルメスが再び私を迎えにやってくる。今回の干ばつは農業女神デメテル、日照りはヘリオス、雷雨は天帝ゼウスの手にかかれば造作もないこと。恐らく、私や聖域に対する脅しの意味を含んでいるのでしょう、戻らなければ…というように」

そこで言葉を切った彼女が深いため息をつく。


「私が天界に戻ったところで恐らく状況は何も変わらないでしょう。…いいえ、悪化するだろうと私は思います。天界はもはや人に地上を与えたことを悔い、また神話の時代のように神が支配者にとって代わろうと考えているのでしょうから」

もはや神々は人を信じていないと言ってアテナは悲しげな表情を一瞬だけ浮かべた。すぐにそれを消し去りもとの凛とした表情に戻った彼女が背筋をぴんと伸ばす。


「…地上を守るために、私と共に戦ってください」


それは小声だったが、絶対の意思が秘められはっきりと宙に響いた。余韻が残っている気さえさせるその言葉を口にしたアテナが立ち上がる。

一歩、アテナが足を踏み出す。誰もが彼女の足元に傅いた。
黄金の鎧を纏った彼らの間を、アテナは堂々と王妃のように、神秘に満ちた女神のように、歩きぬけて行く。

彼女の絹糸のように柔らかな亜麻色の髪を、春の風がふわりと靡かせた。

「地上の愛と平和のために」

誰もが微笑みを浮かべて頷いた。
否定の言葉はでなかった。

私はそれがどこか居心地が悪く不安に思えて、彼らと同じようにアテナの足元に傅きながらも、とても微笑みを浮かべることなどできなかった。

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