小春日和が続いていた。聖戦から一年、聖域に来てから半年。時が流れるのは早いものだと、どこか感慨深く思いながら沙織が淹れてくれた紅茶に口を付けた。

「うまー…、沙織の紅茶が一番好きだよ」
「ふふ、ありがとうございます」

ふざけているのか素なのかはいまいちよく分からなかったが、良家のお嬢様のようにスカートの端をつまんで一礼した沙織に苦笑した。そんな私を見た沙織は顔に笑みを浮かべると奥から茶菓子を持ってくる。形の整ったクッキー、私はそれを知っている。

「あっ辰巳さんの手作りだ?」
「ええ」
「あの人、何気に器用だよねえ…、ってこんなこと言ったら失礼か」

だがあの大きな体が厨房で繊細で可愛らしいお菓子を作っている姿を想像するとなんだかおかしい。しかし彼のお菓子作りの腕は確かなもので、それは日本に行ったときもう十分なほどに味わった。
沙織は私の言葉にくすくすと笑ってクッキーを皿に並べた。

「その言葉に間違いはありません。私だって、辰巳がこんな繊細なお菓子を作ると知ったときには驚きましたし、笑ってしまったのですから」

しかし一度味わってしまえばもう彼以外の菓子を食べる気にはなれないとおかしそうに口元を押さえて笑った沙織が椅子に腰かけた。「なまえ、紅茶のおかわりは?」「じゃあ、頂きます」ティーポッドを差し出してくれた沙織にティーカップを差し出す。注がれる琥珀色の液体を穏やかな表情で眺めていた沙織が、やがてぽつりと呟いた。

「辰巳は、女神でも総帥でもなく私を私として見てくれる。いつも傍で支えてくれた。それがどれほど大切な存在か、貴女なら分かるでしょう」
「うん」

頷いた私に沙織はまた微笑んだ。

自分を見てくれる存在の有難味を、私は今まで考えたこともなかった。けれど、それは私たちにとって確かに必要で何よりも愛おしいものだったのだ。日本で待っている家族、母が最後にかけてくれた言葉を覚えている。彼女たちが見ているのはいつも私だった。サガも、沙織も。皆私にとってかけがえのない大切なひと。

「沙織にとってどれだけ辰巳さんが大切な人か私には分かる気がするよ」
「ええ。幼い頃から彼はずっと私のために働いていてくれましたから、ある意味一番信頼できる人物とも言えるかもしれません」

そういう人間が傍にいてくれること、それが何よりも幸せなのだと言った沙織に微笑み返した。
窓から吹き込んできた春の穏やかな風が白いカーテンをふわりと宙に浮かせる。それをぼんやり眺めて沙織の淹れてくれた暖かい紅茶に口を付けた。やっぱり美味しい。

「沙織、紅茶淹れるプロになったら?」
「そんなプロがあるのですか」
「分からないけど」

何なのだと笑った沙織に私も笑った。そしてまた紅茶を飲んだ。
ほわほわしていて香りも豊かだし、本当に美味しい。

「なんだか少し懐かしいですね。昔は辰巳がクッキーを焼いてくれて、私が紅茶を淹れていました。最近はそういった時間も中々とれませんから」

なまえがいてくれて良かったと笑ってくれた沙織に笑い返した。
「私なんかで良ければいつでも付き合うよ」

そうだ、たまには私も淹れてみようか。沙織はいつも私のために紅茶を淹れてくれる。けれど私から彼女にそれを返したことは無い。けれど、私は沙織程に紅茶を上手に淹れられる自信も知識もない。


「そうだ、沙織、紅茶の淹れ方教えて!」

私の言葉に沙織は微笑みを浮かべて頷いた。

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