今日のなまえは珍しくぼんやりとしていた。
双児宮と巨蟹宮の間の階段に腰かけて頬杖をついた彼女がぼんやりと景色を眺める。

「…何をしている?」
「…………」
「なまえ?」
「うわっサガ…!!いたの」

目の前にいる人間にも気が付かないとは相当だ。
どうかしたのかと尋ねたが、彼女はふにゃりと笑ってなんでもないと言った。

「…本当にそうか?」

彼女の頭に手を置いて、顔を覗き込んでそう聞けば、なまえは目を伏せてしばらく黙った後につぶやく。

「実は…夢を見るの」
「夢?」

それに頷いた彼女が目を伏せたまま言った。

「宇宙人によって巨大化されたムサカがアテネの町を襲う…」
「…病院に」
「冗談だって!夢見が悪いだけだから、大丈夫!」

けらけらと笑った彼女が立ち上がり背伸びをした。
そしてすぐに空を眺めた彼女がふわりと微笑んで天気が良いと言う。確かにその通りだ。

「…あ、昨日ね、沙織とロドリオ村のほうに行ってきたんだよ」
「なに、アテナと?」
「うん!色々二人で見て回ってね」

彼女は、本当に約束を守ろうとしてくれている。
ロドリオ村で手伝いを行うだけでなく候補生たちの後始末も行っているらしい。子供たちの面倒もよく見てくれているし、けれどだからと言って約束を守っていることをひけらかすようなことはしない。

そしてとうとう、女神までもを村に連れて行って見せた。
恐らく、これは女神の聖闘士である私にはできなかったことだ。

なまえも女神、のはずだ。
けれど彼女はそれを鼻にかけない。人間らしく振舞い私たちのことをよく見ている。
かつて想像し嫌った神の姿は、そこにはない。

彼女はただ、約束を守ろうとしてくれている。
あんなにも些細な、それでも私がずっと求め続けていたそれを、

にこにこと嬉しそうに笑いながら言ったなまえの頭を撫でた。話すのをやめて不思議そうにこちらを見上げた彼女に微笑む。

「ありがとう」
「…?どういたしまして?」

意味が分からなそうだったがそれでも笑って返してきたなまえの頭から手を放す。

「サガとロドリオ村に行くのも楽しいから好きだけど、沙織と出かけるのもなんか新鮮だったよ!」
「楽しめたのならよかった」
「うん!」

私とロドリオ村に行くのが好きだと笑ってくれた彼女に笑い返す。
良い子だ、本当に、優しくて人を引き付ける魅力を持っている女性だと思う。


「…私もなまえが好きだ」

いつも彼女が言うのと同じように、そっと告げてみた言葉になまえが飛びのくようにして私を見上げた。それに少し驚いて彼女を見れば、目が合う。
瞬間なまえが顔を真っ赤にして茫然とした。

「あ、えっと」
「なまえ?」
「なななな、なんでもないよ!?」

なおも真っ赤な顔で両手を振った彼女が私から距離を取った。
それを不思議に思って一歩踏み出すと彼女は視線を泳がせて叫ぶように言った。

「沙織とアテナ神殿で約束しているから!ごめんね、また明日!!」
「なまえ」

あっというまに駆けだした彼女の背中に慌てて声をかける。
振り返ったなまえはまだ真っ赤なままだ。何か、不愉快なことを言ってしまっただろうか。


「明日…、明日の午後、ロドリオ村に行かないだろうか」


呼びかけたものの、何か用があったわけでもなく取りとめのない話題になってしまった。
やはり、黙っておくべきだったかと彼女にわからぬように顔を顰めたがなまえは頬を赤くしたまま、ふわりと柔らかい笑顔を浮かべた。

「約束!」
「!」

真っ赤な頬のまま小指を立てて、腕を宙に掲げた彼女が、今度は明るいいつもの笑みを浮かべた。

1/2