「余計なことを」
宮に入った瞬間聞こえたその言葉に口端が上がるのを抑えきれなかった。どうやらなまえは失敗したらしい。なるほどろくな演技力がない女らしいが、それもまた悪くはない。

「なんのことだ?」

知らないふりをして真っ先にコーヒーメーカーに向かった俺を、ソファで書類を眺めていたサガが睨みつけてくる。

「なまえに何を言った?」
「おい、弟からの些細な贈り物じゃないか」

サガがなまえのことを気に入っていることなど一目瞭然だ。
他人ならまだしも、双子である自分にまで隠しきれるとこいつは本気で思っているのか?だとしたら13年間のあいだにこいつの頭は相当なお花畑に進化していたらしい。

「お前が女神として、それとも女としてあれを捉えているのか知らないが、気に入っているんだろう?そうでなければお前は双児宮の部屋の中にまで招き入れたりはしない」
「カノン、女神に対しそのような言葉を発するのは不敬だ」
「本当に女神ならばな」

ともかくなまえが本当にニケなのだというのなら俺は態度も言葉も全てただそう。だが、それは今まだ保留の問題だ。
なまえが本当に女神だという確証が得るまで、とりあえずは観察をするべきだ。急ぐ問題でもない。


「久しぶりに会った兄がどうやら甘酸っぱい恋愛に悩んでいるようだったからな」
「恋愛だと?からかうのは止せ」
「お前こそ、誤魔化せると思うのは止せ」

そう言ってコーヒーを二つ煎れた俺を見たサガが顔を顰める。

「女神に対して、そのような感情をもつことは許されない」
「本当に女神ならばな」

再度繰り返したその言葉にサガが鋭く俺の名前を呼んだ。13年経ってもまったく変わらない頑固で意固地な男だ。13年間という長い月日もこの兄を柔軟にするには足りなかったらしい。

渋い顔をしたままのサガを笑う。


「だが、なまえからの言葉は嬉しかったんだろう?」
何を言われたんだが知らないが、この二人の性格を想像して言った言葉は当たらずとも遠からずだったらしい。

「複雑だな」

そう言ったサガは口元に手を当てると目を伏せた。
口元はわずかにゆがんでいたが、それが笑みか不快を示すものなのかはなんとも言えなかった。

サガのこんな姿を見られるのは本当に珍しい。今晩は雨どころか星のかけらが降ってくるかもしれない。
まあ貴重な姿を見られたことに免じて、なまえが持ってきたマフィンの中に、ひとつだけ妙な味のものが紛れていたのは忘れることにしよう。

1/3