「わっしゃわっしゃ…」

髪の毛を触って呟いた。なぜか大笑いをしたカノンにわっしゃわっしゃに髪の毛をかき回されたのだ。まったく理解ができない。彼は一体何がしたかったのだろうか。サガが止めてくれなかったら、恐らくあのまま永遠に髪の毛をかき回されていたに違いない。

「………」

それにしてもサガに弟がいたとは思わなかった。
なんだかよく分からないが、最後のほうは割と打ち解けられたと思うし、仲良くなれるだろうか?親しい人が増えるのは嬉しいことだ。友人が増えるのも嬉しいことである。

緩む頬をそのままに十二宮を上った。途中守護人が不在の宮も多かったが、シュラにそんな薄着では風邪をひくぞと大きなコートを着せられ、アフロディーテにはローズティーをもらった。明日のティータイムに飲ませてもらおう。

そして教皇宮にたどり着いた時、すでに日は沈み大きく綺麗な月が浮かんでいた。
しばらく月を眺めた後、散歩をしようと思い立つ。今晩は月が綺麗だから、眺めながら歩くのはきっと気持ちが良いだろう。

シュラに借りたコートをハンガーにかけて部屋に干す。アフロディーテにもらったローズティーは大事に戸棚に仕舞わせてもらい、簡単な肌掛けを持って部屋を出た。


教皇宮を出て少し行ったところに小さな建物が建っている。数人の巫女さんたちが生活している場所だ。


その向こうの、アテナ神殿側のほとんど崖のような道を通って行ったところにポツリとあるのがニケ神殿だ。


あの神殿にはあの夜以来行っていない。
なんというか、嫌な思い出がたっぷり詰まった場所だ。なるべくなら近づきたくない。


こちらに進むのは止めて、引き返そう。
だがそういう時に限って神経というものは研ぎ澄まされている。
なにか、女性の怒声のようなものが聞こえた気がしたのだ。


足を止めて、耳をすませれば夜の聖域の静謐の中で、また、


「………」

私の足は、必然的にそちらに向かう。

こんな時間に、誰かの声がするのはひどく不思議なことだったし、それが怒声のようなものだったから様子を見るべきだと思ったに過ぎない。それが友人や恋人同士のものなら、恐らく私は何もせずに個人に任せて部屋に戻っただろう。

しかし、たどり着いた木々の陰で騒いでいたのはどう見ても友人同士や恋人ではなかった。

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