久しぶりに会社に出社した。

あまりに久しぶりすぎて妙な緊張をして手に汗を握りながらの出社だったがみんなは和やかに迎えてくれた。
なぜかグラード財団との重要な契約が私に任せられていることになっているらしい。それも向こうから私を指定したらしく(それはギリシアの聖域に赴くためだったのだが)、勘違いしたらしい同僚たちには一体なにをしたんだとからかわれることになった。

「日本を代表する一流企業に名指しされるなんて…、なまえが遠いわ」
「いや…そういうんじゃないんだけれどね」

机の上に嫌がらせかと言いたくなるほどつもりに積もった書類に顔を引きつらせながら席に着いた。

「多い…、上司は私を過労死させる気だね」
「二か月以上来ていなかったじゃない。当然当然」
「これ…、ギリシアに戻るまでに終わるかな?」
「まあなんだったらこの私が手伝ってあげてもよろしい」
「あー、私も手伝う!だからギリシアに旅行するときは案内してね!」

同僚たちとそんな和やかな会話をしながら高速で仕事を片付けた。ギリシアに戻るまでに今たまっている仕事だけは片付けておきたい。そして仕事に没頭すれば日没はすぐに訪れて終業時間になった。ちらちらと帰っていく人の中に残って書類をさばいていく。そこに、お茶を買いに行っていた同僚たちが戻ってくる。


「マッチョの外人が会社の前に立っていた」


その言葉を聞いた瞬間、使っていたシャーペンのシンがバキリと音を立てて折れて飛んで行った。彼女たちが目を丸くしながらこちらを見る。

「なに、どうしたの、なまえ?」
「…マッチョの外人?」

思い当たる節がありすぎて、いやだがまさかそんなと否定したい心のせめぎ合いを押さえながら友人たちに訪ねれば彼女たちはにやにやと笑って言った。

「マッチョの外人!なんだっけ…、ギリシア彫刻みたいな感じ?しかもすんごい薄着なんだよ」
「ギリシア彫刻!薄着!!?」
「なんでそんな反応するの?」
「ぎゃー、なまえってマッチョ好きだったっけ?」

げらげらと笑ってからかってくる彼女たちにそういうことじゃないと机をたたいて立ち上がる。
窓辺に駆け寄ってカーテンを乱暴に開けて入り口を覗き込めば筋肉質な外国人が、確かに、いる。

「………」

さっと顔から血の気が引いた。

アイオロスだ。

しかも聖域で着るような薄手のキトンだよ、
この寒いなか何やっているのあの人!!通行人がめちゃくちゃ見ている!

「ごめん!帰る!!」
「ええっ!?マッチョの外人がいるからっ!?」
「ちが…くないけど違う!」

コートをひっつかんで荷物を鞄に突っ込み始めた私の前の席についた友人が変な顔をする。

「せっかくなまえのぶんのコーヒー買ってきたのに!私たちと残業しようよ!」
「ごめん、コーヒーだけ貰う!この埋め合わせはまた明日!…ええと、うん、お昼おごるから、明日!」
「言ったなー!全部幻の食材を使ったフルコースね!」
「じゃあ私全部高級食材のフルコース!」
「OK、会社の食堂のランチね!」

コーヒーを受け取り、ごめんと再度繰り返した言葉に笑った彼女たちに手を振って部屋を飛び出した。エレベーター、いや階段のほうが早いとばたばたと駆け下りた。すぐに一階までたどり着いて会社を飛び出る。
目があったアイオロスが口を開いたが何か言う前に会社の前から退避するために彼の腕を引いて駆け出した。

振り返ってアイオロスの表情を見る余裕すらなかった。

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