寝台から逃げ出そうとした私の腕をサガにがっしりと掴まれた。まったく動かせない体に、畜生馬鹿力と心の中で泣き叫びながらできる限り身を引いた。

「いや本当、もう大丈夫だから!ばっちり治ったから!!」
「いいや、用心を怠ってはいけない。なまえはこれでも食べて、ゆっくりしているといい」

そう言って微笑みを浮かべたサガに泣きたくなる。いや、もう本当にいろいろな意味で泣きたくなる。彼の言葉は非常にありがたく、そして優しいものであったのは確かなのだが、いかんせん彼の手の中にあるものはその真逆のものだった。

「なにそれ?なんなのそれ、暗黒物質!?あ、分かったよ、ミーノスにお土産もらっていたんだ!?」
「いや、デスマスクに作り方を聞いて粥を作ってみたのだが」
「なんでお粥が真っ黒になるの…、ミーノスの作っていた黒スープかと思ったよ」
「上手く作れたと思ったのだが…、駄目だっただろうか」

しゅんとして眉を落としたサガに言葉に詰まる。
事実しか言っていないはずなのに、何かひどいことを言ったような気がしてそれ以上何も言えなかった。いや、確かに私はひどいことを言ってしまったのだろう。せっかくサガが好意でお粥を作ってくれたのに、ミーノスの作っていたあの暗黒物質黒スープと同列のものと言ってしまったのだ。私だってサガ以上に料理が下手だから、否定された時の悲しみは分かる…、つもりだ。

これ以上サガを苦しませちゃいけない…!彼のこれは好意なんだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ!
なまえ、お前ならやれるはず…!サガの手の中のお粥もどきに視線を戻して、数秒考え込んだ後に腹をくくることにした。

「お、お粥が食べたくなってきちゃったなー…、サガが良ければ、…ソレガ食ベタイナー…」
「そうか、では」

ぱっと表情が明るくなったサガに安心するとともにひどく泣きたい気持ちに襲われながらお粥もどきを受け取った。

「い、いただきます…」

期待するような視線が痛いよ、母さん。なんて考えながらお粥を口に運んだ。なんだろう、見た目はともかく味は……とにかくしょっぱい。

「どうだ?」
「美味しいです…、すごく…」
「そうか」
「…、うん!」

心の中で泣きながら肯定した言葉だったが、サガがひどく穏やかに笑ったのがどこか嬉しくて私も頬が緩んだ。このお粥は彼の好意だし、美味しいと言って喜んでくれるのなら私も嬉しい。

結局あの後シオンに話を聞きに行ったらしいサガは、どこかすっきりした雰囲気をまとっている気がする。確信は持てないが、そうだと良いなと思ってまた頬が緩んだ。あの雨の夜、彼は見たことがないほど悲しそうで、そして苦しそうだった。それが薄らいだのなら本当に良かったと考えてお粥を口に運ぶ。

だがやはり猛烈なしょっぱさと黒い色が気になってしまう。

「…ねえサガ、この黒い色は何で出したの?」
「隠し味にイカ墨を足してみたのだが」
「うん、明らかに選択ミスだよ、サガ。お粥の隠し味ならタコ墨のほうが…」
「どっちも変わらねえよ、馬鹿女」

そもそも隠し味の意味を辞書で引き直して来いと言いながら部屋に入ってきたデッちゃんと目があった。だがその視線はすぐに私の手の中の真っ黒イカ墨お粥に移り、その瞬間彼の顔が歪む。

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