それはそれは美しい女神だった。
当然だろうか、勝利とは美しいものである。輝き誉れを受けた栄光だ。


「…まあ、これはハーデス。お一人で出向かれるなどゼウスがご心配なさります」
「構わぬ。」

春風の中で立ち上がった彼女の金髪が靡く。青空によく映えるその髪を片手で押さえた彼女がぽつりと呟いた。

「ティタノマキアは終わる気配もありませんね」
「いずれ終わる。オリンポスの勝利でな」
「それは…、どういった意味でしょう?まさか私がいるから、などと仰るおつもりで?」
「余は間違っていたか?」

自嘲するような笑みを浮かべた彼女がこちらを見た。彼女の主神であるアテナによく似通った鋭い眼光が輝く。

「私は皆の思うような神ではありません」
「ニケ」
「ハーデス、私は勝利ではない」

退屈そうに、そして少し小馬鹿にするような表情を浮かべた女神はそう呟いて、吹き抜けた風に髪を押さえた。

それはひどく懐かしい記憶で、今日という日でもなければ思い出すこともなかっただろうものだった。あの女神は、そうか、とうとう望みを叶えたのかと、大して親しかったわけでもないのにどこか感傷的になったような気持ちで顔を思い浮かべた。美しい金の髪と海の色の青い目を持った彼女は、恐らく


「ハーデス様?」


ふいに名前を呼ばれ、意識を現実に引き戻される。

「…パンドラか」
「その、よろしいのですか?ニケと双子座をすぐに帰さなくても…。今は三巨頭が彼女たちの相手をしておりますが」
「良い、捨て置け」

なおも不安そうな顔をするパンドラに笑いかけた。
「あれもまた、なんとも妙なことをするものではないか。しかしあの忠誠心だけは凄まじいな」
「は…?」
「先日強い小宇宙を感じたが、…なるほどそういうことだったか」
「あの、ハーデス様…?申し訳ありませんが、私には何が何だかさっぱり…」
「良い、パンドラよ、下がれ。余は楽園に戻る」
「はっ」

傅いたパンドラを見下ろした後、ここを去ったあの小娘を思い出し、やはり浮かんだ意味の分からぬ笑みをそのままにジュデッカを後にした。


1/2