任務から帰ってきて、報告を教皇に済ませ天蠍宮に戻る。帰り際にカミュのところへ寄ったが、どうやら留守らしい。空っぽの宮には誰の気配も感じることもなく諦めて自宮の外で座った。ここは日当たりも良いし、景色も良いから暇つぶしにはちょうどいいだろうと考えたとき、髪の毛をぐいとひかれる。
「…なにを、しているんだ?」
小宇宙でなんとなくわかってはいたが、振り返った先にいたのはやはり女神で彼女の行動が理解できずにそう呟いた。そうすれば、それまで妙に熱心な顔をして俺の髪を引いていた彼女がはっとして俺を見た。日に照らされたこげ茶色の目がぱちぱちとした瞬きに時折隠される。
「…はっ、ついうっかり…!」
「ニ…なまえ」
ニケと呼びかけて、そう呼ばないでほしいと言っていた彼女の言葉を思い出して人名で呼びなおす。そうすれば彼女はなんとも和やかな笑みを浮かべて拳を握った。
「あの…、ミロにお願いがあるのだけれど…!」
「俺に?」
「貴方にしかできないお願いなの」
「…なんだ?」
何か任務でも与えられるのだろうかと彼女に向き直れば、なまえは真剣そうな表情ではっきりと言った。
「髪の毛を結んでも良いでしょうか…!!」
「…は?」
「いや…、ふわふわ金髪がかわいかったから…み、三つ編みとかにしてリボンを結んだら大変可愛らしいんじゃないかと思いまして」
理解の範疇を超えた頼みに一瞬思考が停止する。なるほど彼女は俺の髪を三つ編みにしてリボンを結びたいらしい。リボン。…リボン?いい年をした男にそんなものをつけたところでおぞましいものしか完成しない。
「…嫌だ」
「ええっ、そんなこと言わずに…!」
プリーズプリーズと言いながら手を合わせたなまえに少しだけ困る。彼女はこれでも女神だ。アテナ女神の従神ニケ。その女神の頼みを断ってもいいのだろうかと考えた瞬間、なまえの姿が目の前から消えた。
「…っ!?」
あまりに突然のその事態に一瞬身構えたがすぐに体から力を抜いて、彼女の頭に踵落としを決めたデスマスクを見た。
「何をしているんだ、お前は。あ?」
「痛い。まじで痛い。いやまじで一瞬三途の川が見えたよ、デッちゃん。変な色の鎧きたおにーさんと目があったよ」
「さっさと銭払って渡らせてもらって来い」
「おい、デスマスク!!女神に対してなんて真似を…」
「ミロ、お前もこいつを甘やかしすぎだ」
ひょいっと倒れこんだなまえの襟首をつまんで立たせるとそのまま目の前に仁王立ちして睨み付けたデスマスクからなまえが目をそらす。その光景がとても聖闘士と女神の図には見えずに呆気にとられてるとデスマスクが口を開いた。
「隠しているものを全部出せ」
「な、なんにも隠していないよー」
「そうか、素直に出したら黄泉平坂に放り投げるだけで許してやろうと思ったのだが、どうやら目の前ですべて燃やされるのが望みのようだな」
「それ結局なくなっちゃうじゃない!あっ、ちょっと人のポケットに手を突っ込まないでらめえええ!」
「気色悪いを出すな」
「気色悪いってひどっ!って、ああ!」
デスマスクが彼女のジャージのポケットから引きずり出したのはフリルだのビーズだのが縫い付けられたふわふわのリボンやチェックの女子が好みそうなリボンがいち、に…十個。よくもまあそんなに入っていたものだと感動しているとデスマスクがこちらを見た。
「お前もあと少しでこれの餌食になるところだった」
「是非遠慮させてくれ」
「サガなんて結局押しにまけて全身リボンまみれにされていたぞ」
「それは…気持ちが悪いな」
想像してそう呟けばなまえが声を張り上げた。
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