サガに聖域について教えてもらった帰り、通りかかった巨蟹宮で足を止めて天井を見上げた。
ぽっかりと厚い雲が見えて、雨がざあざあと降り注いでくる。

「…デッちゃん、屋根ないの?」

いつの間にか奥から出てきていたデッちゃんにそう尋ねたが無視された。まあこんな態度はいつもの事なので気にしない。

「…もしかして…、イジメられているの?」
「馬鹿にしているのか、お前」
「だってピンポイントに屋根だけ無いよ。やっぱりイジメ?」
「サガが壊しやがった」
「サガが?」

そういえば、初めてここに来た時沙織に十二宮も戦闘で使われたと言われたことを思い出した。きっとその時何かの拍子に壊してしまったのだろう。屋根が壊れるほどの何かの拍子ってよく分からないけれど。というか、サガはよくこの高い天井をぶち破ることができたな。聖闘士って戦闘で重火器でも使うのだろうか?

「おい、用がないならさっさと通れ」
「うん…、あ、デッちゃん」
「その呼び方も止めろ」
「傘貸してあげる」
「…は?」

さしていた大きな赤い傘を差しだせば、彼の赤い目がぱっちりと開かれた。あら、大きな目。

「意味がわからねえ」
「大丈夫大丈夫!私の部屋すぐ近くだから!!はいほら受け取った!」

思い切り顔を顰められたが気にしない。とりあえず傘を押しつけて、彼が受け取ったのを確認してから教皇宮に駆けだした。




「近いって…、教皇宮だろ」

俺に傘を押しつけて雨の中に走り去った女の背中が小さくなっていくのを眺めた。

そもそも俺に傘を押しつけた意味が分からない。宮全体の屋根がぶち壊れたわけでもないから、奥のほうはまったく雨など入って来ないということをあの女は知っているのだろうか?(だからこんな傘なんて必要ない)


「…いや、」

知っていても傘を押しつけてきたんだろうな。それで、勝手に満足してあの気の抜けた笑みを浮かべるんだろう。
本当に意味が分からない女だ。


(だが、果たしてこれは女神と呼ばれるものの行動なのか?)


「…………」


ふと頭をよぎった疑問に答えがでることなど無いとすぐに気づいて押しつけられた傘に視線を落とした。

女神だろうが人間だろうが、あいつは馬鹿だ。


だがどうだろうか。不思議なことに嫌ではない。(必要ない傘を押しつけられたことは黙認すればの話だが)
ただでさえ厄介な奴が多い聖域にこれ以上妙な人間(それも一般人の小宇宙しか持っていないような雑魚)は必要ないと、今でも思っている。特にあいつの場合、大した力もないくせに勝利の女神を自称しているときた。都合の良い詐欺師か何かで、どこまでもお優しーい女神のお譲ちゃんはあれに騙されているのではないのか。


「……、」

詐欺師、ねえ…。
顎に手をやりながら灰色の空を見上げた。

もし俺が危惧していることが事実あると仮定して、知恵の女神でもあるアテナが“ただの人間”に騙されることがあるのだろうか。あの馬鹿面浮かべた女が詐欺師だった場合聖域のように特殊な場所に近づいて何が目的だ?一番考えられるのは軍事力、だがそれは反面何かをしくじった場合全てが自分に向く可能性がある。その危険性を犯してまで行う何かがある?(恐らくそれは聖戦なみのものになるのだろう)


そして最後に、
あの馬鹿面馬鹿女は、聖域にとって害になるのか。
まさか有益になりはしないだろう。あの小宇宙に加えて頭も悪いときた。ここじゃ使えねえ。なんの役にも立ちやしない。むしろ邪魔になる。せいぜい足を引っ張って士気を落とすくらいの事しかできないに違いない。
だがそれなら、女神はなんのためにあれを連れてきて、それも勝利の女神と呼んだ?何かの策略か?何か、勝利の女神が聖域に益を齎すのではないのか。だが、嚢中の錐にあれはなりえないように思える。偽物をつれてくるのなら、あの女よりもっと良い人間は大量にいたはずだ。にもかかわらず、あれを連れてきた。ならば、まさか本当にあの女が勝利の女神なのだろうか。


「…………」

冗談だろ、
人の事をデッちゃんだとか聖衣仮面とか頭の悪い呼び方をしてくる女が勝利の女神?

ない。
絶対にあり得ない。


有り得ない、のだろうが…それだと説明がつかないことが出てくる…。

「……、」


(…まあ、いずれ分かるだろ)
今はそれ以上の答えも考えも出ることはないだろうと考え、無駄なその思考をストップすることにした。


秋の深まりつつある聖域に雨の音が響いていた。


(デスマスク!女子から傘を奪い取り雨の中を走らせるなど、男として認めんぞ!!)
(あー、へいへい、そいつが勝手にやったって言ってもどうせお前は信じないんだろうな)

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