城戸沙織が私の家に来てから一週間がたった。あれから彼女とは会っていない。

もしかして全部私の夢だったんじゃないかと思えてしまうほどに、何事もなく平和に日々が過ぎた。


「…えーと、城戸、さん?」
「沙織で結構です」
「沙織さん」
「沙織」
「沙織、…ちゃん」
「沙織」
「…沙織」

突然会社の目の前に止まった黒塗り高級車。

うわー、運転手さん眉毛ないよ。なんて思っていたら降りてきた彼女と目があってしまった。なんてタイミングの良さ。まるで私が昼食を食べるために会社から出ることを知っていたみたいだ。さすが女神だ、なんて少しずれているだろうことを考えながら歩み寄ってきた彼女と挨拶を交わす。

「こんにちは?」
「こんにちは、なまえさん」
「ええと、なまえで良いよ」
「ありがとうございます。ですが、なまえさんは年上の方ですので、このままでお許しください。それで、なまえさん」
「……」


どうしよう。


まだ答えが決まっていないのに。
ギリシアに行くか、否か。即決するには彼女の話はあまりにも現実離れしすぎていた。そして距離もある。ギリシアと日本は当たり前だが遠い。そんなところへ行ったら会社はどうなる?家族と会うことも難しくなる。それに言葉や衣食住の問題だってある。そう簡単に行くことはできない。

私の考えが伝わったのか、沙織が私を見た。

「悩んで下さる、ということはギリシアに来てくれるという意思もあるととってよろしいですか?」
「ううーん、嫌ではないんだよ。ただ急な話しだし、それに」
「まだ信用もできないと。ええ、分かります。ですがそれは直接見ていただくのが早いかと」

貴女の悩みはなんですか?そう聞いた沙織が首を傾げる。私の悩み、

「仕事、とか」
「ええ、お仕事は重要です」
「家族も」
「ええ、よく分かります」
「それに、やっぱりまだ信じられない」
「それが当然でしょう。では、こういうのはどうでしょうか」

相変わらず彼女の手の中にある黄金の杖がきらりと光った。少し冷たい風が吹いて沙織のスカートをはたりはたりと靡かせる。


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