いつも通りに夕食を食べ、いつも通りにお風呂に入り、そして夜も大分更けた頃。

椅子に腰かけるサガの隣に立った。
ちらりと見えた彼の手の中には何やら小難しいギリシャ語の本。私には難解なそれを今は気にせず、彼の隣に腰かけ、机の上で灯されたランプの光が作り出したひとつの陰を眺めた。


「どうかしたか、なまえ」

ふいにそう言ってこちらを見たサガを見上げて笑う。

「うん、あのね、沙織と相談したんだ」
「何をだ?」

本を閉じ、そう聞いてくれたサガの大きな手を取る。
そして彼の質問に直接的には答えずに続けた。

「すごく優しいところ、それから気遣いも嬉しいし、細かいことにも気づいてくれる」
「…?」
「厳しいけど、大変なときはさりげなく助けてくれるところ、それにやっぱり一番はいつも私と一緒にいてくれるところかな」

サガはいよいよなんの話だか分からないとばかりに眉を寄せる。そんな姿も愛おしくて立ち上がりサガの頬に手を伸ばした。


「サガの、好きなところの話」


もうすぐサガの誕生日だ。大切で、大好きな人の生まれた日。祝いたいと思うのは当然のことだった。だが、どう祝うのか、それが問題だ。


どんなプレゼントを考えてもしっくりこなかったのだ。
ケーキ?アクセサリー?本?それともシオンやアイオロスに頼んで休日を作る?

悩みに悩みぬいた結果、私が泣きついた沙織は綺麗な笑みを浮かべて言った。


「もちろん気持ちのこもった物ならなんでも嬉しいけれど、やっぱり素直な言葉が一番嬉しいって」
「…アテナが、そう?」
「うん、そう言ったの。だからね、私、サガにそれを伝えようと思って、サガの好きなところ考えてみたんだよ!」

握り拳を作ってそう言えば、サガは一瞬目を丸くしたがやがて微笑んだ。

「…聞かせてくれるか?」
「う、うん!」

サガのことは大好きだ。
彼は私にとってこの世界で一番好きな人で、私の大切な恋人。
けれどそれを改めて素直な言葉に表すと少しだけ恥ずかしい。少し熱い頬と、早くなった心音を、一度深呼吸をして落ち着かせる。


「私の、サガの好きなところはね、」

サガの青い目が私を映し出す。落ち着いた表情で、急かすことなく私を見つめる彼にやはり少し照れて頬を掻いた。

そして覚悟を決めて口にする。
沙織に助言をもらってからずっと考えていたこと。サガの好きなところ。


「全部!」
「…なに?」

少し驚いたように言ったサガに苦笑する。
もう少し気の利いた言葉でもつかえたのなら良いのだが、生憎これが私の限界だった。

「サガの真面目なところも、意思のはっきりしているところも、私を呼ぶ声も、全部好きなの。それで考えてみたら、私、サガの全部が好きなんだって気づいたの。サガが、誰よりも一番大好きなんだって!」

嫌いなところなど何もない。

彼を愛した理由は、後からいくらでも付け足すことができるだろう。
しかし根本的なところ、一番初めの話では少し違う。恐らく私は何か、理由があったからこの人を好きになったのではない。


「私は、サガだったから、貴方のことを好きになったんだなあって思う」

少し気恥ずかしいけれど、きっとその思いに間違いはないのだ。
だから私は迷いなく言う事が出来る。

言葉の直後、サガの額に一瞬だけ口づけた。恥ずかしい気持ちと、そうすることが許されていることへの幸福感とで頬に再び熱が集まってくる。

少し驚いた顔をして私を見たサガと、目を合わせていることもできずに視線を泳がせながらも、伝えたい一言を呟いた。

「サガが一番好き」


その時、宮の奥で時計が日付を変わったことを告げた。


「あ、」

その音に僅かに振り返ったサガの手を取り、笑いかけた。
すぐに私を見たサガが不思議そうな顔をした瞬間に言う。


「サガ、誕生日おめでとう」


生まれて来てくれてありがとう、貴方と出会えたことが私の幸せだ。

私はいつもそう考えている。けれどそれを口に出すのは今日が初めてだ。だから、サガにとってそれはあまりにも唐突な言葉だっただろう。しかし元から頭の回転が速いのか、サガはすぐに微笑みを浮かべると私の手を引く。

体制を崩し、彼の上に倒れこむ形になった私を何か暖かなものが包んだ。
それがサガの腕だと気付くのに、そう時間はかからない。

「な、に?」
「ありがとう」

耳元で聞こえた低い声は、どこまでも穏やかだった。
腕の中でそっとサガを見上げる。目が合った彼は私の髪を一度梳くと言った。

「ありがとう、なまえ」

柔らかく、柔らかくサガは笑う。だから私も笑った。ただ、それだけのこと。


ランプの仄かな橙色の光が、私たちを包んでいた。


(来年も、一緒にお祝いできたら良いね)


2012年サガ誕
ハッピーバースデー、サガ様!生まれてきてくれてありがとう!
→おまけ:ボツ作品

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