「け、結婚」
「結婚」
「…ねえ、本気で言っている?」
「当たり前だ。なに、今すぐにでなくともいい」

歳をとってからでも。
納得がいってからでも。
いつでも構わないと言ったサガの低い声が、波音をかき消す。

まるで、世界に二人だけになってしまったかのような気分だった。私しかいない。サガしかいない。木々のたてる音も波音も、空を飛んでいくうみねこの鳴き声も聞こえるはずだった。

けれど、もうそんなものは私の耳には入ってくることはない。


いつか双児宮で暮らすこと。
弟子を育て、ずっとずっと地上を見守っていくこと。

辛いことも、楽しいことも、二人で一緒に経験して乗り越えて、時折一緒に立ち止まって、振り返って、そしてまた前に進む。


「いつか…、いつか、そうして私と生きてくれないだろうか」

結婚はその一つの形に過ぎない。一緒に生きていけるのならば、別にそんなものは必要ない。だが、一つの形として、それは必要なことであるのかもしれない。

その答えを握っているのは私であると彼は言う。

サガに真摯な目で見つめられると、もう私は自分の口から心臓が飛び出してくるんじゃないかという不安に襲われるだけだった。
私なんかで良いのかとか、本気なのかとか聞きたいことは口から出てこない。
聞く必要もないと、彼の顔が語っていた。


「…いつか、なんて、そんな」

赤い頬を隠したくて俯いた私の頬に、サガの手が添えられた。結局それ以上俯くことができなくて、でも顔をあげることもできずにそのまま固まる。

だがやがて、覚悟を決めて頬に添えられた大きくて暖かい節くれだった手に触れた。

触れるだけで心の中に暖かな気持ちが溢れる。何か、ひどく泣きたい気分だった。辛いんじゃない。幸せすぎるんだ。自分の脳内は今きっと薔薇色お花畑だ。でもそんなことは本当に何の意味も持たなかった。
愛しい。ただ、サガが愛おしくて仕方がない。

(いつか、そうして生きて)

いつか。

いつか。

とうとうこらえきれずに涙が溢れた。サガが変な顔をする。

「なまえ?」
「うっ…」
「す、すまない、泣くほど嫌ならば」
「違うよ!!」
「では、?」

間抜けな顔をしたサガの頬を両手で無理やりつかみこんで彼の唇に触れるだけのキスをした。涙がボロボロと零れていく。波音。海鳥の声。風の音。世界の全部が輝いて見える。サガがいるから、それだけで幸せになれる。

好き、好きよ、サガ。
だから、いつかじゃなくて、

「…い…、今すぐが良い」


見上げて呟いた。蚊の鳴くような声だった。でも、サガは小さな声を聞きもらさずに、ちゃんと受け取ってくれた。

その言葉に、サガは本当に穏やかな笑みを浮かべて私を抱きしめる。私も、彼の背中に手を伸ばして大好きで大切な人の存在を強く確認した。


「愛している」
「わ、私も愛しているよ!」

(ずっとずっと、最後まで貴方が一番!!)

サガの首に抱き着いて、泣きながら笑った。

「ハッピーエンドだね!」

地上は平和。私は最高に幸せ。ハッピーエンドだとまた繰り返した私にサガが首を振った。

「終わりではない」
「そっか、ハッピーか!」
「ああ、そうだ」


笑いあう声が、海に響いて消えた。

命は海から始まった、という。命が終わり、燃え尽きた後私たちはまた海に回帰する。そうして巡っていく。海になり、水になり、私たちはまた新しい命になる。何度でも、終わることなどない、海の話も、海の色の瞳を持ったサガも、彼への私の愛も。

これは、私たちの始まりの物語だ。
太陽が沈んで夜の帳に包まれた海岸に、波音は永遠と響いていた。

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