小宇宙を感じて、聖域をこっそりと抜け出した。

森を出たところで、美しい女王の佇まいでそこに存在していた女神に微笑み膝をついて礼をした。すぐに立ち上がれば、ヘラのお付きの虹女神が私に深く頭を下げた。彼女に微笑みかける。そんな私を見たヘラが眉を寄せた。

「………アテナ」
「ヘラ、御機嫌麗しゅう。わざわざ聖域までお尋ねくださるとは、何か御用ですか」
「…アテナ、何故、すべての神々をそのままにして地上に戻った?」

天界をそのままにして地上に戻ったことか。
分からないものなのだろうか。ああ、だが、そうかもしれない。私たちは言葉を交わさなければ何も知ることはできない。

だからこそ面倒で、美しい世界。

「ヘラ、私は誰かの命を奪うことが目的ではありません」

ただ、地上の愛と平和のためだけに戦う。
そのために命を奪うことなどしたくないと笑んだまま続けた言葉にヘラが首を振ってため息をつく。


「再びゼウスが地上に侵攻するのは考えなかったのか」
「その時は地上の為に再び戦うだけです。でも、信じていますよ、ヘラ」

トロイア戦争を共に戦い抜いた仲ではないかと少しふざけて言った私に、ヘラも呆れたように溜め息を再度ついたが、やがて麗しい笑みを浮かべた。

「…良いでしょう。大神ゼウスも貴女達の強い意志を認め、今後しばらくは再び地上を見守る決断をされた」

今しばらく好きにするが良いと言ったヘラにもう一度礼をする。


「ありがとうございます」

顔を上げた時、すでに女神たちは姿を消していた。
残ったのは遠くまで広がる平原。春の草が生い茂り、花が咲き乱れる美しい世界。穏やかな太陽の輝きの中、しばらくそこに立ちつくし、やがて森に振り返った。

木漏れ日に手を伸ばす。

温かく、

穏やかな世界。


これが、私の愛した地上。

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