黄金の杖を握る手に汗を感じてさらに強く握り締めた。

「………」

そうか、ゼウスは私の言葉を聞き入れてはくれないのか。
薄々想像はしていたことだが、この神はいつだって私の言葉など聞いてくれなかった。

トロイア戦争の時からずっとずっと。


それでも私はいつも彼に従ってきた。父神だから。天帝だから。彼の絶対の統治が、地上を守ることにつながっていたから。


だが、もはやそれも崩れた今、私はもう天帝に従う理由など何もないのだ。
私はアテナ。地上を守る正義の戦女神。


「…父上、いいえ、ゼウス」

はっきりと私も意思表示を示し、顔をあげた。呼び方を変えた、たったそれだけのことでも天帝には十分だったらしい。長い睫毛を震わせて目を細めた大神の口がまた少し開いて言葉が流れ出た。

「本気か」
「それが分からぬ貴方ではないでしょう」
「すべての父たる私に逆らうか」

もはや二言は無用だった。

「地上のためならば」


それが、私の意思だ。


「良い。ならば再びこの父に還元されよ」


立ち上がったゼウスが高いところから私を見下ろすのを見上げ、黄金の杖を振り向けた。
表情一つ変えずにゼウスは私をただ見下ろす。

「戦女神、知恵女神、失うには惜しい女神よ。アテナ。そして勝利の女神の小宇宙。あれはオリンポスにとってもある種重要な位置を占める。お前も、あれも消滅はさせまい。」
「なまえには手を出させません」
「重要なのは小宇宙だ」

肉体も精神も必要ないと言い切った大神に向かって地を蹴った。
階段を駆け上がり黄金の杖を振るう。


この神は、ゼウスは、なまえを殺すつもりだ。


まだ、時が来ていないから生かしているだけ。
けれど都合が悪くなればいつでも彼女を殺すだろう。


させるものか。

あの時救うことができなかったニケを、今度こそ救う。


(それが、私たちの約束なのだから。)

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