遠くで伝令神が崩れ落ちたのが見えた。
それに目を伏せて、感覚を頼りに軍神の刀を弓で払う。
「どうした、英雄!!お前が来ないのならばこちらから行くぞ!!」
払うだけでこちらからは攻撃を仕掛けない。切りつけられる。弓で払う。それの繰り返しだ。
まだ、
まだだった。
何かが足りない。
軍神の顔を殴りつける?腹を蹴り飛ばす?そんなものでは私の求めるそれは手に入らない。刀を振りかぶった軍神の肩に飛び上がり、そのまま彼の背後に飛んだ。
距離を取った私をゆっくりと振り返った軍神が眉を顰める。
「…逃げるだけなのか」
それで英雄とは笑いものだなと言ってため息をつく。
無駄な攻撃など不要だった。無駄な動作は心を乱す。完成されつくされたそれに伴うのはただ、完成されつくされた心だ。
私の目指すもの。
ニケの言葉。
アテナ、聖闘士、アイオロス。
それらの答え。
それにたどり着くには、退くことは許されない。前に進み、そこに存在するそれを自分の手でつかまなければならない。矢を手に取り、弓につがえた。軍神の表情が退屈そうなそれから愉悦に変わる。
彼には分からないだろう。
ただ戦いと殺戮を楽しむ神には、私の、そしてアテナの求めるそれは分からないだろう。
ただ、真っ直ぐに。
余計なことを考える必要はなかった。
ただ、前に。
弓を引き絞り、的である神を見据えた。
地上より近い太陽の光が痛いほどに熱い。だが、それはまったく気にならなかった。
軍神が地面を蹴り、刀を振る。
距離は三十メートル
二十メートル
十、
五、
三、
限界まで高めあげた小宇宙が軍神の腕を振りかぶる動作をまるでスローモーションのように頭の中に焼き付けた。引き絞った弓矢が小さくきりきりと立てる音が鼓膜を震わせる。
指を、離す。
愚直なまでに真っ直ぐ飛び立ったその矢が光の軌跡を宙に描く。空気を裂き、光さえも裂く。しかし相手は軍神だった。避けることもできたはずだった。しかし、彼はふいに目を見開いて動きを止めた。
神話の時代から憎み争い続けた女神の小宇宙が、彼の動きを止めさせた。
何処からか流れ込み、軍神の足を引いたその小宇宙が決定打となった。
ただ前にだけ進む愚かなまでに純粋な矢が軍神の肩に吸い込まれる。
轟く悲鳴。
舞った血飛沫。
全てが一瞬だった。軍神が地に倒れ伏す。肩を抑え呻くだけのそれを見下ろした。
もう軍神が戦うことすら敵わないと知り、その場に背を向ける。
あとはひたすら、アテナのもとへ。
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