軍神に突き付けられた刀をアイオロスが弓で受ける。
擦れた金属が嫌な音を発し、火花を散らした。

手を貸さなければ、
軍神は強力だ、そう思った瞬間、寒気が走り本能的に飛びずさる。

地面に深々と突き刺さった小刀を確認して頭上を見上げる。柱の上に立っていた男が笑った。

「聖闘士は一対一、なんだろ?手を出しちゃあいけないよ」
「…ヘルメスか?」

その小宇宙は何度か聖域を訪れていたものだった。眉を寄せて問いかけた言葉にそれが笑う。

「そう、僕がヘルメス。アルゴス殺しのヘルメスさ、初めましてだね、アテナの聖闘士の…ええと、…牡牛座?」
「山羊座だ」
「ああ、山羊座!」

高いところからごめんねと柱の上で笑った伝令神を見上げる。

「神は、人より高い場所にいなければならないから」
「そんなことはどうでも良い」

神であろうがなかろうが、邪魔をするのなら切り捨てていくだけだ。

彼の投げた小刀を見る。大した大きさでもないのに、それは深く地面に突き刺さっている。それこそ石畳を深く裂いて。さすが神の力は素晴らしいものがあると考え、同時に背筋が震えた。

恐怖ではない。
武者震いが止まらない。伝令神の力、俺の聖剣、どちらがより優れたものなのか。興味はただ、それだけだった。

忽ち身を伸ばし躍りかかってきた伝令神が、握る杖で突いてくる。それを横に逃れ聖剣を振りかざす。

「エクスカリバー!!」

小宇宙を燃やし、気合のままに三度切りかかれば伝令が楽しそうに笑い息を漏らした。

「早い早い!あっはは!僕の速さについてこられる奴は中々いないのに、すごいなあ」

山羊は細やかで軽やかな動きと断崖絶壁をも容易に駆け抜ける脚力を持っている。山羊座の聖闘士もまた、多くが俊足と俊敏さに優れている。
高まった小宇宙はさらに動体視力を一時的にとはいえ爆発的に高めあげる。さらに光速の動きを持った黄金聖闘士にとって伝令の足に追いつくことも難しくはなかった。

伝令の首に向け、腕を振りかぶる。
四度目の、聖剣。

だが振りかざした腕から力が抜け、ふいに視界が霞んだ。意識がはっきりとせずに、瞼が重くなる。とても耐え切れずに近くの柱に手をついたが、とうとう支えきれずに膝をついた。

「なんだ…?……何か、眠く…」
「ギリシア神話のお勉強はしたのかな、僕ちゃん」

目の前に降り立ったヘルメスがせせら笑う。

ギリシア神話、ヘルメス、

…眠気。
ヘルメスの手の中で降られていた杖を見て顔が歪むのが分かった。


「…眠りの杖か…!」
「アポローンの君が、親友の証に僕にくれたんだ。彼の力は物凄い。僕はこれでアルゴスをも殺したんだ」

ギリシア神話の語る物語。
百の目を持つ、ヘラの家来であったアルゴス。ゼウスの命令を受けたヘルメスは眠りの杖を使いアルゴスを眠らせ喉を裂いた。


「君の喉は、君の聖剣で裂こうか?ねえ、どう思う?素敵な提案じゃないかい?」
「……っ」

ヘルメスはアルゴスを殺す際に、まず眠りの笛を吹いた。
それはもっとも分かりやすい音を伝わせるものだった。だからこそアルゴスは勘づき笛を止めさせた。ならば、杖は?音などでない。しかし眠気を誘う。視界の中でくるりくるりと回るそれは、暗示か、それとも、


小宇宙を媒体としたアンテナのようなものだとしたら?
ヘルメスは旅の神でもある。眠りとは、そして夢とは旅であると考えた人間がいた。ならば、ヘルメスが自らの力を行使し、それを強制的に行い微睡に引きずり込むことも不可能ではないだろう。

全ての元は、彼の握る眠りの杖だ。


「…俺は実力もないくせにでかいことを言う奴が嫌いでな」

道具に頼らず自分の力で進むこともできない雑魚に、目の前に立たれるというのは不愉快なものだ。
左手の平を切りつける。ぱっと散った赤と鋭く熱い痛みにどうしても意識が引き戻される。僅かに驚いた顔をして杖を掲げようとした伝令より早く立ち上がり小宇宙を燃やしあげた。あとはもう、

「エクスカリバー!!」

単純なことだった。
空気を伝う笛の音だったとしても、杖から発せられる電磁波だったとしても、なんにしてもこの地上にある限り、空気という恩恵にしてはた迷惑な存在から逃れることはできない。


そして聖剣は空気を裂く。


完成され尽くされた刃を捉えることのできるものは何もない。
神にさえもそれは不可能だった。聖剣エクスカリバー。音や電波を伝える空気の層ごと切り裂いた聖剣に、ヘルメスの杖から発せられる電磁波がかき消され、そして


「お前の負けだ、小賢しい神」


聖剣は空気と、そして神さえも切り伏せる。

3/4