女神たちによって時空に歪が作り上がり始めたとほぼ同時に不審な小宇宙を聖域の周囲に感じた。この場にいる人間たちの間に僅かに動揺が走る。

「…どうやら、天界もこちらに干渉をし始めたようです」

冷静にそう呟いたアテナに向く。

「どう、なさいますか」
「…私は、……」

黙り込んでどうすべきか思案し始めた女神の表情を見る。
天界のゼウスとなまえのもとにアテナは行きたいと考えている。しかし、聖域を放っていくこともできない。どうすべきか分からずに彼女の中の天秤が揺れていた。

そうこうしているうちに、歪は完全に完成し、宙に浮かんだ穴に見たこともない景色が映り込んだ。あれが恐らく天界だ。そこになまえがいる。天帝ゼウスがいる。
結末はもう迫っているのだ。そっと女神の肩を押す。


「…アテナ、お行き下さい」
「しかし、シオン!」
「黄金聖闘士たちよ、ここは私に任せ、お前たちはアテナをお守りするのだ!!」
「シ、シオン…!」

まだ何かを言おうとしたアテナの手をデスマスクが引く。「行きましょう、アテナ」彼女にそう語りかけたサガが微笑んだのを見てアテナは最後にちらりと私を見た。

そんな彼女に頷けば、アテナはすぐに背を向けて駆けだした。彼女の姿が歪を通り抜け、向こう側に入り込む。


黄金たちが女神の背中を追っていく中、ふいに立ち止まった酒神が笑う。その表情が理解できずに彼に向き直ればディオニューソスは私の腕を軽くたたいてまた笑った。


「晴れ舞台になるぞ」
「は…?」

それはどういう意味だと私が問いかける前に酒神も歪に飛び込んだ。
意味が分からずに首を傾げた瞬間、教皇の間に伝令が飛び込んでくる。

「教皇!!」
「何事か」
「結界が破られました!何者かの勢力が聖域に侵入しております!!」
「今行こう」

聖衣もない状態では少し面倒なことになりかねないが、なんてボヤキながら走り出そうとする。だが、ふと弟子がまだこの場に残っていることに気が付いて振り返った。

「何をしている、ムウよ。早く行かないか」
「……まったく、貴方はいつも勝手だ」

目を伏せて呆れたように呟いた弟子の隣で歪が閉じていく。間に合わなくなるから早く行けと怒鳴ろうとした瞬間ムウが微笑みを浮かべた。


「…13年前、私は貴方の何の役にも立たなかった。サガを恨んだ日もあります。サガを憎んだ日もありました。けれど彼は許された。私も彼を許した。けれどずっと何かの違和感とわだかまりが私の胸に引っかかっていた」
「………」
「サガに対するものではない。貴方に対するものでも。…それは、私自身に対するものだった」


何もできなかった幼い頃の自分を、ずっと許すことができなかった。
私がもっとしっかりしていれば。私がもっと強ければ。シオンは殺されなかったのではないだろうか?

悔やんだところで過去を変えられないことなど知っている。それでもそう考えずにはいられなかったのだ。


「シオン。今度こそ、私を貴方の役に立たせてください」

過去の自分を許すためにも。
ふわりと穏やかな笑みを浮かべたムウに、ああこの子はこんなにも大きくなったと感じる。


「小僧が…」

女神の後を追わせるか。それともこの場に残るか。答えは思ったよりも簡単に出た。
それは、闘士として、仲間として彼に対する礼儀だった。

「死んだら承知せんぞ」

その言葉に弟子が笑った。





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