アテナはオリンポスに進撃することを決意した。

いつものように一柱で突撃することがないように彼女の傍には常に誰かしらの黄金聖闘士が控えている。

だが問題は天界だ。

オリンポスにあることは間違いはない。
しかし普通にオリンポスを上ったところで凡そその地にたどり着くことは不可能だろう。

神々の住まう地だ。
聖域と同じように隠されて存在するに違いない。そうなると、人間である黄金聖闘士にはとても向かうことが敵わない。せめてもう少し場所が正確に分かれば、結界や小宇宙を感じ取り立ち入ることも可能だったかもしれない。だが、そんな悠長な時間はなかった。

勝利女神ニケとして聖域に存在するなまえがオリンポスに囚われたとなると、聖域の人間の動揺は計り知れない。彼らにとって勝利の女神が傍にいるということは、その本質はさておき心の支えになるはずだ。逆もまたしかり。

なまえがここにいないということを知る人間は必要最低限で抑えたい。
そのためには時間をとることはできないのだ。

まして、オリンポスが彼女にどのような処遇を与えるか分からないのなら猶更。
すぐにでも天界に向かわなければならない。アテナだけではなく、黄金聖闘士も連れて。

「シオン」
「アテナ」


ふいに声をかけられて振り返る。酒神を横に連れた女神が私を見ると口を開いた。


「ディオニューソスと私とで、オリンポスまでの道を開くことにしました。他の神々が邪魔をしてくる可能性がありますから、上手くいくかは分かりませんが…」
「いえ、貴柱がそれで良いと思われたのなら、我々はそれに従いましょう」
「…ありがとう」

では、準備ができ次第と言った彼女に頷いて小宇宙で黄金聖闘士に呼びかける。
戦いが始まるまでの時間を銘々に過ごしていた黄金聖闘士たちはすぐに教皇の間へ集まり始めた。


そして、集まった黄金聖闘士の顔を一人一人確認したアテナが微笑みを浮かべる。


「皆、私からの命令は一つです」


思えば、女神が我々全員に直々に命令を下すことなど初めてのことだった。
誰もが僅かに表情を硬くしたとき、それでもアテナは微笑んだ。



「決して死なないこと、それだけです」


それは、戦女神の言葉としてはけったいなものだったのかもしれない。
だが、それでも、それが私たちの女神だった。雄大で穏やかな海のような小宇宙に目を伏せる。アテナの穏やかな声が私を包み込むかのようだった。

「何があっても。相手は人ではありません。無理だと思ったのならすぐにお逃げなさい。何があっても生きて、ここに帰りなさい」

我々の目的は天界を破滅させることではなく、勝利と平和を取り戻すことだということを忘れるなと言ったアテナが黄金の杖を掲げる。


「さあ行きましょう」


勝利の女神を取り戻すために。地上から神々の手を引かせるために。

「ゼウスとの対話は私がします。誰も邪魔をすることは許しません」

黄金聖闘士はただアテナのために、彼女の手足となる。
女神と男神が小宇宙を高め、時空に干渉しようとしたときのことだった。

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