科学や文明が発達した今、人間はもはや神への信仰を捨てかけている。もはや彼らの心のありどころにはなりえない。

「貴方たちはそれをひどく恐れている。だから力で抑え込もうとする」
「心のありどころになる必要などない。神は人の上に立つだけだ」
「恐怖で人を押さえつける、そうして神々が永らえるために貴方はそうするしかないだけ。恐怖という感情の上で人の信仰を永らえさせようと必死なんです」


かつて人を愛した神の姿はもはやそこにはない。
かつて、人に愛された神の姿ももうどこにもない。


神々はそれを理解しない。

何故愛されなくなったのか、何故信仰を捨てられたのか理解できない。しようとしない。自分たちが絶対正しいのだと思い込んでいるから。


「…愚かね」
「人間ごときに我らが支えられているというのか!神から人にその身を堕とした下賤なる勝利よ!!」
「下がれ、アレス」

声を荒げた軍神の声をぴしゃりと跳ねつけたヘラが一歩足を踏み出した。何か言いたげな顔をしたがすぐに下がり席に着きなおした軍神を一瞥したヘラがすぐに私を見る。

「…人にその身を傷つけられてなお、人を寵愛することを止めぬか。人の愚かさを理解せぬか。いまだ希望を捨てぬのか、愚かなのはお前だ、ニケを名乗る女よ」
「…私は私です」


その言葉が最後だった。

ヘラが声を上げる。



「この女を捕えよ」


瞬間どこにいたのか、ばたばたと部屋に流れ込んできた雑兵たちに押さえつけられる。ディオニューソスがここにきて初めて僅かに顔色を変えた。

「…待て、ヘラ!…ゼウスッ!!それは戦う力など持っていないだろう!捕える必要は、」
「黙れ、ディオニューソス。ただの人間だろうと戦う力を持たなかろうと神々に刃向うものに容赦はできぬ」

そう言いかえしたヘラが地面に押さえつけられた私の前に立った。
私を冷たい感情のこもらない目で見下ろす彼女の瞳を見上げた。

「人の娘よ、お前は神々に対する恐れを知るが良い」
「もう知っている。恐れを知るべきなのは貴女のほうです」

彼女は私の言葉に眉を寄せると「連れていけ」とだけ言って背を向けた。
引きずり出される。もう私の方を見ることのなくなったヘラが神々に言った。


「今度こそアテナを連れ戻せ。地上は再び天界の、…ゼウスのものになる。これは天帝の決定だ」


淡々とした言葉がその場に響き、空に飲み込まれた。

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