面白がるような視線、嘲るような視線、馬鹿にするような視線を全身に感じながら一歩足を進める。

「…私は、勝利の女神として、地上に生きる人間として、そしてアテナの友人と従神として、聖域の女として今日ここへ来ました」

深く頭を垂れて口を開いた。
その際に目があった酒神の口角がまた上がる。

「聖域に対する攻撃を止めていただくために、参りました。どうか今すぐに地上から手をお引きくださいませ」


私の言葉にくすりと笑った美の女神を見る。彼女が豊かな金髪を掻き揚げて美しい顔に笑みを浮かべた。

「何故女神であろうとする貴女がそれを望むの?此度の件は神には関係ないじゃない、地上の人間が滅んだって神には関係ないわ」
「人間には関係のあることです。初めに私が申したことをお忘れですか」


私はただ勝利の女神としてここに来たわけではない。
神として、同時に人として、ここに存在する。

「そしてニケは人を愛しています。アテナもまた。それは貴女方にとって今更の事実でしょう」
「何が言いたいの」
「地上を力で押さえつけ、人を滅ぼすというのなら私もアテナも、オリンポスに反旗を覆す覚悟はできています」


馬鹿な、とどこからか声が上がる。

馬鹿なことか?これが?そんなはずはない。馬鹿な真似をしているのはこちらではなく神々のほうだ。

「何故ご理解下さらいのですか!地上を押さえつけ人を滅ぼしたところで、オリンポスに利益は上がらない。それはもう十二分に知っているはずでしょう」

だから、かつての大洪水の際に、全ての人間を滅ぼさなかった。
生き残らせた。正しい人間だったからなどと言い訳をつけて滅ぼしつくすことは無かった。神々は人のことなど何も気にしていないように見えていつも滅ぼさないように細心の注意を払ってきた。

神を生むのは人だ。
神に力を与えるのは人だ。

だから、神々は人を滅ぼせなかった。


「滅ぼすのではなく、我々は統治するだけだ」
「いいえ、それも不可能です。もはや人は貴方たちの意思に従うような存在ではなくなっている」


私の言葉に神々が眉を寄せた。ただ面白そうに笑って聞いているディオニューソスとヘパイストス、目を伏せたままこちらに視線を寄こしもしないフォイボス・アポローンを除いて。


「貴方たちは人を恐れている」


軍神の小宇宙が燃え上がった。一瞬のうちに槍を喉元に突き付けられる。

「思い上がるな、人間が」
「いいえ、思い上がりではありません」

神を滅ぼすのはいつも人間だ。


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