なまえと同じように星矢も背後に押しやった。突然現れた星矢に驚いたらしいなまえの小宇宙が僅かに乱れる。
だがやはり今は気にしている時間はなかった。ヘルメスの正面に足を進めて口を開いた。


「退きなさい、ヘルメス」
「………」
「今、十二宮には黄金聖闘士が待機しています。ここには、勝利の女神と天馬座、そして戦女神たる私がいる。貴方に勝ち目はありませんよ」

私の言葉に苦々しい表情を浮かべたヘルメスが首を振る。

「何故、アテナ、何故神である君がそこまで人間に肩を入れる?君はなんだ?どちらだ?」

戦女神アテナか、人間の城戸沙織か。
それのいったいどちらだと言ったヘルメスに微笑みかけた。


「私はアテナの名も、城戸の名も捨てるつもりはありません」

アテナであり、城戸沙織。それが私である。神とは何か、私とは何か、人とは何か。私は、神で、人で、そして私だ。私は私である。ヘルメスはただ笑った。


「城戸、沙織。城戸沙織!!実にくだらないよ、アテナ!君のそれは人間ごっこにすぎない。たった十数年の現実で、神話の時代から続く神としての君の立場が何か変わるとでも?そんなこともわからなくなってしまったのなら、やはりハーデスの言うとおり、アテナ、君は人と関わりすぎて愚鈍の極みに嵌って抜け出せなくなってしまっているんだよ」
「お黙り、ヘルメス。私がどのように生きるかについて、貴方に定義付けされなければならない覚えはありません」


胸に手を当てて笑う。

「私はアテナ、それは事実です。そして私は城戸沙織、これは私を救った人間への親愛の表れ。それを侮辱することは例えオリンポス12神の一柱たる貴方でも許しはしませんよ」

それを聞いたヘルメスが素っ頓狂な顔をする。

私がそれに目を細めたが彼は首を傾げただけだった。ヘルメスには私のその表情の意味が理解できない。きっと私が彼の表情を理解できないように。

けれど、ヘルメスは自身の表情になんら疑問を抱かない。これを可笑しいって思わないほうがおかしいっていうものだ。だって僕たちは神だ。

神が人間に親愛を表す、それはまあ良いとしよう。人間を愛す御大層な趣味をもった神は時折現れる。けれどアテナのそれは違う、ヘルメスは直感的にそれを感じ取った。


アテナのそれはもはや、親愛どころか敬愛だ。

自分を育てた“人間”に対して、神が、敬意を抱いている!


なんておかしなことか!だってそれは本来なら逆であるべきなのに、彼女はそれを認めない。


アテナは、もうダメだ。


神として、もう手遅れだ。



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