別れを告げたなまえの走って行ったほうをしばらくぼんやりと眺める。

絶対に守ると言ったとき、彼女の浮かべた微妙な表情が目に焼き付いた。なまえが何を考え、何を言おうとしたのか私はよく分かっている。理解している。理解してしまった。

だが、だからといってそれが一体どれほどの意味を持つのだろうか。

私はなまえを愛している。
もし彼女が私を愛さなかったとしても、なまえがこの地上で生きて笑っていてくれるのならそれで十分だった。
なまえは、それを望まないだろう。
だが、それでも私はなまえを守り、生きてもらいたい。その時、傍に自分がいなかったとしても。

愛とはけったいなものだ。
そして愚かで馬鹿馬鹿しく、この世で最も人の手を焼く厄介な感情だ。だが捨てるべきではない。それが分かるからこそ余計に面倒なものになっていく。

自分が何をしたいのか。
なまえをどうしたいのか。
今の状況。
それら全てを考えて導き出された答えに、溜息をついた。できることなら自分の頭をアテナ像にでも叩きつけてやりたい。馬鹿らしい答えだ。だがほかにどうすべきか分からない。

頭を抱えて近くの柱に背中を預けた時、ふいに声がかかった。

「サガ?」
「…カノンか」

双子の姿を認めてまたため息をつけば、弟が顔を顰める。

「人の顔を見てため息とは随分な態度だな」
「ああまったく馬鹿馬鹿しい考えだ」
「…は?」

突然のその言葉に眉を寄せた弟に苦笑いを浮かべた。
恥ずべき考えだ。それでも口に出してしまうのは、彼が私に最も近しい人間だからなのだろうか。

「…私の勝手な都合だ。安全な場所に閉じ込めてでも戦地に関係を持たせたくないなどとは」
「なまえのことか?」

黄金聖闘士もほとんど休みなど持たずに世界中を飛び回っている。
その場所で見るものはやはり、人知を超えた力だった。日照り、干ばつ、洪水、そして絶対の死。そういったものは人間に起こすことはできない。天界とは人にとってまるで恐ろしい存在だ。神々もまたしかり。人間に生き残れる保障などない。全てを守りきることもまた、


「…いっそのこと日本にでも戻してしまった方が安全なのではないだろうか」
「アテナも同じお考えだった。だが、日本にいるから安全とは限らない。むしろこの状況下で勝利の女神の小宇宙を持つあいつを一人ほっぽりだすほうが好ましくないだろう」

それに、お前だって目の届かないところに置いておくよりは傍にいたほうが安心するだろうと言ったカノンにしばらく沈黙した後に頷いた。
まったくその通りだ。

自分のいない場所で何かあったら、という考えほど恐ろしいものはないだろう。
だが天界と争うのならば聖域も安全な場所ではない。

「安全な場所など、どこにもない」

カノンのその言葉にまたため息をつきたくなったのを必死に堪えた。


アテナ神殿、ニケ神殿。
神々の神域にでも隠してでもなまえを守りたいなどというのがエゴに塗れた思考だということを私はよく知っていたからだ。

(だがそうする他に何も方法が見つからない)

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