事態はいよいよ急速に進んだ。

聖域全体がどこか慌ただしく、誰もが荒れた地に赴いて戦い傷ついて帰ってくる。そして傷を癒しまた聖域を出るという生活を繰り返した。

黄金聖衣も、白銀聖衣も、青銅聖衣も見慣れているはずだった。

しかしそれを纏って戦地に赴こうとする彼らは皆、なぜか余所余所しく思えた。彼らは一様に「アテナと地上のために」と口にして聖域を出る。
アテナ、いや、沙織はそれをなんとも言えない顔で見ていた。しかし彼らと目が合えば必ず安心させるように微笑む。そんな沙織の傍で私はしばらく彼女と同じように時を過ごした。

そんなある日の午後だった。

「サガ!」

教皇宮で偶然出会ったサガにそう声をかける。
私に気が付いた彼が微笑みを浮かべて歩み寄ってきてくれた。

「なまえ、アテナのお傍にいなくてもいいのか」
「うん、沙織は今星矢君のところに行っているから」
「ああ、そうか」

そこで一瞬沈黙が場を満たした。
最近はサガも私もどこか慌ただしくて二人でのんびり話をすることなんてなかったからだろうか。二人だけで向き合って話すことがひどく久しぶりの気がして口をつぐんだ私にサガが笑った。

「…なまえ、今から少し時間があるのなら教皇宮の周りでも歩かないか?」
「…うん!」

サガの隣に並んで教皇宮を出る。
日中は少し汗ばむくらいの陽気になってきたらしい。少し強い太陽光に目を細める。

「大丈夫か?」
「え?」

こちらに青い目を向けたサガの言葉に首を傾げる。「疲れているように見えた」と言ったサガに苦笑いを返した。

「サガたちほどじゃ、ないよ」

私は彼らのように戦地に赴くことはできない。戦うこともできない。ただ聖域にいるだけ。救護の手伝いをしたり沙織の手伝いをしたり、そんなことしか私にはできない。
対してサガたちは毎日のように世界中を駆け回って争いの火消しや干ばつ、日照りの影響の解決に努めている。私なんかが疲れたなどと言っていられる状況ではない。

サガは何か言いたげな目で私を見ていたが、やがて目を伏せて私の頭を撫でた。

「もうすぐ夏になる」
「…そうだね」
「なまえ、夏になったら海に行こうか」
「今度は泳ぎにね」
「そう、だな」

また言葉が途切れる。
ふいに立ち止まってサガの服の裾を掴んだ。

「ねえ、サガ」

呼びかけた私を不思議そうな顔で振り返ったサガを見上げる。

「天界は、アテナを連れ戻そうとしている。それで、地上にちょっかいを出しているの?」
「…それだけではなく、人間に対し力で抑え込もうとしているのだろう」
「それを、沙織も、ううん、アテナも、サガも、…私たちも、止めようとしているんだよね?」

私の質問に表情を引き締めて頷いたサガから一瞬目を逸らす。
ニケの記憶を私は見た。だから、天界がどのような勢力を持っているか、恐ろしくなるほどにわかっている。

地面に視線を落とす。

聖域にいる神は、アテナだけだ。あとは、ニケの小宇宙を持った私。
天界は?天界には数えきれないほど巨大な力を持った神々がいる。聖域にも聖闘士たちがいるが、不利なのはどちらかなど考えずにも分かる問題だった。

「なまえ?」

私を呼んだサガを見上げる。服の裾を強く握った私をサガが見た。

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