「うわっ」
「す、まな…げほっ!!」
「だ、大丈夫!?」

しばらく咽たサガが慌てて台所に駆けて行くと布巾を手に戻ってきた。机に飛び散ったコーヒーを丁寧にふき取った彼が眉を顰めて私を見る。

「突然どうしたというのだ」

そんなサガから布巾を受け取って台所に片付けに行く。
私は後ろから歩いてついてきたサガを振り返って苦笑いを浮かべることしかできなかった。生憎私は彼の期待するだろう御大層な理由など持たない。

「いや…、触れ合うって意味なら額をくっつけたり頬をくっつけたりでも良いでしょ?なんで唇なのかなって思って。ごめんね、そんなびっくりすると思わなかったよ」
「そうか」

サガはそれだけ言うと布巾を洗った私にタオルを差し出してくれた。それを受け取って手を拭く。

「もう大丈夫?」
「問題ない」
「いきなりごめんね」
「そう気にすることでもない」

優しい声でそう言ったサガに微笑みかけて二人でソファに戻る。また隣に座ったサガの肩に頭をこつりと預けて彼の大きな手を取った。節くれだった大きな手の筋をするすると撫でた私にサガが笑う。

「なまえ、くすぐらないでくれ」
「あのね、さっきサガが髪の毛を梳いてくれたときに思ったんだ」

穏やかな空気と、彼の優しい手つきが何よりも心地よかったこと。ふわふわとする感覚に包まれたこと。強く気持ちのいい微睡に落ちそうになったこと。

「私は全部好きだって感じられるし、幸せだけど、世の中では愛情表現にキスを使うことが多くない?だから不思議だなあって思ったの。サガはどう思う?」
「…さあ、私には分かりそうもない問題だ」

ふいに私の手を握り返したサガを見る。

「サガ、」
頬に手を添えて、そして笑った私を見たサガも笑った。こつんと額を合わせる。

「…なんだ?」
「好き」

笑って呟いた私の言葉にサガが口角をあげたのが見えた。

「…ありがとう」
「私こそ、ありがとう」

人を好きになることが、好きになってもらうことが、こんなにも幸せだと言うことを私は知らなかった。

「愛している」

サガがそう言うと、すぐにそっと抱きしめられた。
暖かい日差し。
暖かい体温。
またうとうとと落ちてきた瞼に今度こそこらえきれずに目を閉じた。

2/3