春といってもまだ吹き抜ける風は冷たい。ぶるりと震えた私を見て、サガが何か言おうとした瞬間背後に倒れこんだ。
サガが理解できないといったような顔で慌てて私の手を掴んでくれたが結局私は背中から海にダイブする。サガの掴んだ右手だけが無事だった。

「なまえ!」
「ぶっ、は…、鼻、鼻に海水入った…!!」

鼻を押さえて上半身を起こした私にサガが顔を青くして濡れた砂浜にしゃがみ込んだ。

「大丈夫か?ああ、こんなに濡れて。風邪をひいたらどうするつもりなのだ!…っ」
「あ」

そう言った瞬間サガの膝にまで到達した波が彼のズボンを濡らして変色させた。黙り込んでびっしょりになった膝を眺めた彼に苦笑いを浮かべる。

「…わ、私のせい?」
「…なまえが倒れなければ私もしゃがまなかっただろうことを考えれば恐らく」

眉を寄せてため息をついたサガに謝罪する。サガはかなり綺麗好きでしっかりした性格だ。ズボンが海水に汚れることをまさか好むはずもない。
だが一度濡れてしまえばもう何度濡れても変わらないと、案外豪快なところもあるらしいサガは知っているのか、そこにしゃがみ込んだまま口を開いた。

「なまえ、何故背後に倒れこむような真似をした?」

後ろについていた手に海水が触れた。そしてあっという間に再び私の背後から流れてきたそれがまたサガの膝まで濡らす。サガはそれをしばらく眺めてまた私を見た。そんな彼と目があって微笑みかける。


「なんでだろうね」

特にこれと言った理由があったわけではない。

海が好きだ。皆ここから生まれたからだろうか、どこか懐かしさを感じる広い海が、そして地球を包むように存在する海が好きだった。サガと同じように、好きだった。だから何となく、本当に何となく倒れこんで海に包まれたら、何か分かることがありそうな気がしただけだ。

結局、何も分からなかったのだけれど。


「ね、サガ、海ってすごいと思わない?」
「…なに?」
「地球ができたのとほとんど同じ時からずっとずっとここにあったんだよ、私たちが生まれる前から、私たちが死んだ後もずっと」

人を惹きつけてやまない濃い青。永遠に私たちを包み回帰させるだろうそれ。「サガに出会えて良かった。海が好きよ、連れてきてくれてありがとう、サガ」サガの頬に手を伸ばして笑った。

「なまえ」

私の頬にも手を添えられてサガを見上げる。「海はサガの目の色だね」彼がほほ笑んだ。サガの背後の青空に太陽が輝く。


「愛してる」

穏やかなその言葉に、ただ目を伏せて微笑んだ。「私も愛してる」そっと唇が触れたのを感じて、私はまた海に溺れるのだ。そして囚われる。光を受けて輝く海面からずっとずっと深い底に沈んで、もう逃れられないところまで、彼の、サガの瞳の中に。


(愛おしすぎて依存する)(依存するから愛おしい)

(正確なのはどちらなのかなんて私には分からなかった)

3/3