不束者ですが、これからどうぞよろしくお願いしますと少しずれた言葉を口にしたなまえにカノンが固まった。そして手に持っていたコーヒーカップを落とす。ガシャンと音を立てて割れたそれが中身を床に散らばす。あっというまに茶色に染まった床になまえが声をあげて布巾を取りに部屋から駆けて出て行った。


「カノン」

呼びかけにも反応を見せない弟に息をつく。

「………」
「カノン」
「…おい、本気なのか」

なまえのたった一言、それも本質から外れた一言だったのだがカノンは状況を飲み込んだらしい。信じられないといった目で私を見た弟に微笑みかけた。

「本気だ」
「……あいつは女神なんだろう?」
「……なまえはなまえだ。私が愛したのはニケではない、なまえだ」

だからこれで良いと言った私にカノンはしばらく渋面で黙り込んでいたが、布巾を片手に戻ってきたなまえが段差に躓いてひっくり返ったのを見て僅かに表情を緩ませた。

「…お前の言いたいことが少し分かった気がするぞ」
「なまえはやらん」

即座に言い返した言葉にカノンはまた顔を顰めて私を見た。「お前の惚気に付き合う気はない」と前置きをしたカノンが息をついて腰に手を当てた。すっころんだなまえのもとへ歩み寄って手を貸してやった私の背中に弟の声がかかる。

「そういう意味ではない。そいつはまるで女神らしくない。それは理解できる気がしなくもないと言ったのだ。…だがともかく俺の好みではないから安心しておけとだけ言っておこう」

誤解を招かないようにと目を伏せたカノンの顔面になまえの手から取りあげた布巾を投げつけた。

「ぶっ」
「カノン、貴様…!なまえをそのような色眼鏡で見ていたとは、兄として悲しいぞ!!」
「どこが色眼鏡なんだ!」

怒鳴ったカノンの顔に張り付いていた布巾が落ちて、コーヒーの水溜りの上にぽちゃりと落ちた。しかめっ面のまましゃがみ込んで汚れを拭き始めた弟からなまえを隠すように彼女の前に立ってカノンを見下ろす。

「好みだとか好みではないだとかそのような低俗な思考回路でなまえを見るものではない」
「は?なんの話をしているの、サガ?」

後ろから僅かにとぼけたような声が聞こえてきたが、今それは置いておくことにする。顔を顰めて私を見上げたカノンを見下ろした。

「おいサガ、俺を見下ろすな」
「お前のほうが低い位置にいるのだから必然だろう、カノン」
「…やるのか」
「お前がそのつもりならばいつでも相手になろうではないか」
「言ったな!ならばくらうが良い、コーヒー雑巾!」

カノンの手から離れ、一瞬で飛んできたそれがべしゃりと肩にぶつかる。白いシャツの肩部分がコーヒーの色に染まりあがった。

「………」
「…なに?何しているの、二人とも?ちょ、ちょっと、なんで小宇宙燃やしているの?」

未だに空気を読み切れていないなまえが背後から声を上げる。そんな彼女を振り返ってほほ笑みかけた。

「なまえ、三秒以内にここから離れろ。良いな?」
「は?」

肩に張り付いた、濡れた茶色い雑巾を握り締めて言った言葉になまえが素っ頓狂な顔をした。だがすぐに燃やしあげた小宇宙にその顔色が蒼くなる。

「な、なにを…」

そんななまえにすぐに背を向けてカノンに微笑みを向けた。

「コーヒーの汚れは中々落ちないということをお前は知らないらしい」

小宇宙を高めて腕を交差させた私と同じように弟も小宇宙を高めた。
黄金に包まれた部屋の中でなまえが声を上げてばたばたと飛び出す。

瞬間、部屋が爆発して吹き飛んだ。


(何あの双子おおお!!)


偶然勝利の女神を救出した教皇の長い説教が始まるまで後一分。

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